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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十二話

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 同時刻。ヴェネトス公国、天空宮殿。

「⋯おや、あの子かな⋯また風脈が揺れたよ」

「またですか?」

 空の彼方に浮かぶ宮殿の主は広い長椅子の端に座ったまま、南東の空へと視線を向けて呟いた。手の届く距離に立ち控えるウェンティが表情を顰めるも、アールは至って落ち着いている。

「妹達からの話では、今はまだアムニス山のあたりだと思いますが⋯」

「アムニス山、か⋯」

 懐かしい名だなと、アールは過去を思い返す。

 あの山に水源を生み出して欲しいとレヴィに依頼したのは、他でもないアール自身。民からの懇願を受けて、風の竜である己には成せぬ事を古き友へと託した。

 やり遂げてくれた水の竜は、その後しばらく行方を眩ましていた。久方ぶりに姿を見た時は、彼の隣には一人の女性が居た。

 そしてその女性を前にした古き友は、アールでさえも驚くほどに穏やかで、優しい目をしていた。

「⋯アール様?」

 主でもある竜神の様子がいつもと違う⋯そう気付いたウェンティが、アールの名を呼ぶ。

「⋯ごめんね、考え事をしていたよ」

 苦笑を浮かべながら、ウェンティへと手を伸ばす。風の神へ侍る年若き容姿の少女は、やれやれといった面持ちながらも素直に従い、差し出された大きな手を取るとアールの傍らへと寄り添う。


 レヴィの隣に女性の姿があると知った時、かつてのアールには友の気持ちなど分からなかった。種も、寿命も、価値観さえも違う存在に想いを寄せたところで、苦しむのは永きを生きる側であるレヴィなのだと。

 けれど時を超えて今、アールはかつてのレヴィと同じように、ウェンティへと想いを寄せている。

 種も、寿命も、価値観も違う少女は、けれどアールに向けて宣ったのだ。


──そのような差異など、欠片ほどの障害にも成りえない──


 そしてウェンティは、ヴェネトス公国第一公女という最も女王に近い身の上でありながら、アールが持つ竜の血をその身に受け入れ、人の理そのものを捨て去った。

 実の妹であるセレーナやゼフィラとは交流を続けているものの、ヴェネトスという国ではもはや、第一公女は亡き者のように扱われている。

 そうまでしてアールの傍に在ろうとするのは、純粋に風の竜を愛したが故。


「そういえば、ゼフィラは元気にしているかい?」

 大きな椅子の上で、アールに腕の中に包まれるウェンティは、神の言葉を受けて風の気配を辿る。姉妹の間で行われる風の魔法による情報伝達は、人で無くなってもまだ続いていた。

「⋯そういえば、アール様に助力を願いたいと、言っていたような気がします」

「おや、珍しい。あの子が僕を頼ろうとするなんてね」

 ウェンティが愛する妹達の事も、アールは自らの妹や娘のように大切に思っている。姉のウェンティと同じように愛に生きる道を選んだセレーナと違い、不器用で自分を抑えがちなゼフィラの事は特に気にかけていた。

「それで?ゼフィラは何て伝えてきたんだい?」

 普段はなかなか頼ろうとしてくれないゼフィラからの、あまりにも珍しい願い事。驚きはしたものの、アールは何故か嬉しそうに笑みを浮かべている。

 その様子はさながら、思春期でずっと避けられていた娘にようやく頼られて喜ぶ父親のようだった。

「⋯アール様?あまり張り切りすぎると、ゼフィラちゃんに鬱陶しがられますよ?」

「う⋯⋯それは悲しいからね。程々にしておこう。それで?あの子は何て?」

「それが⋯⋯⋯」

 ゆっくりと、ウェンティは届いた風の声を拾い集めて繋ぎ合わせる。その内容を掌握し紐解いてみれば、妹の願いはまさしくアールが気にかけている少年の事だった。

「ルティウス殿下が、失踪した⋯捜索に助力願いたい、との事です」

「⋯おや。なるほど⋯?うんうん」

「アール様?」

 何故か満足気に頷くアールは、おそらく別の事を考えている。ウェンティはすぐに気付き、主たる風の神を優しく、だが厳しく、そして容赦なく諌めた。

「⋯ゼフィラちゃんに、嫌われ⋯」

「あぁ、大丈夫だよ。ほら、さっき言っただろう?あの子がまた風脈に干渉したんだ。だから彼は無事だよ」

 他の者ならば、その変化には気付かなかっただろう。だがウェンティにだけは分かる。声音は同じでも、アールが動揺している事に。

「そうではなくてですね、ゼフィラちゃんは『捜索に力を貸して欲しい』と伝えてきているのです」

「⋯そう、だったね」

 普段のアールならば、この神を狼狽えさせる事など何人であっても不可能だっただろう。しかしゼフィラが関わると、途端に知の神としての威厳は脆く崩れ去る。それはそれで愛しい竜の一面でもあるのだが、今は急を要する事態だろう。

「⋯居場所、見つけられますか?」

「容易い事だよ」

 直後、アールの金色の瞳は空の彼方へと向けられる。竜神の証たる【眼】は、風脈を揺らした起点を迷いなく見つけ出す。

 その所要時間は、一秒にも満たない刹那。

「⋯山脈の奥⋯⋯だね。でも、おかしいな。あそこは確か⋯」

「如何されましたか?」

 ゼフィラの頼み通り、ルティウスの居場所は特定出来た。けれどその場所を知ったアールは、表情を曇らせる。

「⋯ウェンティ、すまないが君に、頼みたい事があるんだ」

「承りましょう」

 ルティウスが今も居る場所は、決して安全とは言い難い。それを知るからこそ、最も身軽で、最も強いウェンティに頼むしかない。

「あの子を⋯助けに行ってあげてくれないかな?」

「⋯ルティウス君を、ですね?」

「ああ」

「承知致しました」

 短い受け答えの後、ウェンティはアールの腕の中から離れて風の竜の眼前に立つ。そして竜にも劣らぬ強大な魔力を身に纏わせると、その背には人でありながら魔力によって具現化された、光り輝く二枚の翼を携えていた。

「救出後、こちらへお連れしますか?」

「いいや、それには及ばないと思うよ。あのレヴィが、放っておく訳がないからね」

 アールは知っている。レヴィが抱いている執着の正体を。だからこそ自分が出向くわけにはいかないという事も。

「ウェンティ、君もどうか気を付けて。あの山脈に眠る『災厄』は、僕でも手を焼いたんだ」

「問題ございません。ゼフィラちゃんと、サルース殿下を悲しませる事のないよう、善処致しましょう」

 一言だけ残して、ウェンティは小さなその身体を浮かび上がらせる。光り輝く翼を羽搏かせると、アールが探った魔力の残滓を目指して空の彼方へと飛び去っていった。


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