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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十一話

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「……全てが終わったら、受け入れるつもりか?」

「…うぇええっ?」

 少しだけ離れた位置から発せられた声に驚き、慌てて振り返る。そこに立っていたのはやはりレヴィで、何故ここにいるのかと問うより先に、彼はルティウスのすぐそばまで近付いてきた。

「うっ、上は?部屋は…?え、食い止めてくれるんじゃ…?」

「もう戻ってきている。絶対に来るなと言っておいた」

「え、でも…!」

 ゼフィラはともかく、フィデスは悪戯半分で覗きに来る可能性もありそうだ。そう考えたからこそ躊躇したのだが、レヴィは自信ありげに微笑んでいた。

「心配ない。奴らはリーベルを部屋に運んでから飲み直している」

 事実、女性陣はルティウスが想像しているよりも酒に強く、そして限度というものを弁えてもいる。放っておいても、彼女達が酔い潰れるまで飲み明かす事はないだろう…それはレヴィも同じ見解だった。

 手が届くほどの距離まで近寄ったレヴィは、ルティウスが身体を沈める温泉の傍らに座り込む。そのまま一緒に入ってくるのかと身構えていたが、どうやらそのつもりは無さそうだ。

「ルティ…」

「え、何?」

 遠い空の彼方に視線を向けているレヴィが、今もまだ酔っているのかどうかは見た目だけでは分からない。けれど普段とは違う雰囲気を纏っているのは、ルティウスも感じている。

「……お前は、あの女に惹かれているのか?」

 あまりにも唐突な問いに、ルティウスはどう答えるべきか迷う。

 自分自身の事でありながら、心の内側でどう考えているのかは分からない。

「どう…なんだろう…」

「分からないか?」

 小さく頷くと、思っていた以上にレヴィは穏やかな表情を浮かべている。否定しなければ怒り出すかもしれないと予想していたが、とても静かに語り掛けてくる。

「…お前にも、そのうち分かる時が来る」

「………え?」

 その一言は、けれどたった一言でルティウスにも勘付かせる。レヴィは、特別な誰かに想いを寄せた事があるのだと。そしてそれが、随分前に夢で見た事のある『どこか懐かしさを覚える女性』の事なのだろうと。

 彼の過去を盗み見てしまったあの夢の中で、レヴィは確かに優しく微笑んでいた。その眼差しは、婚約者を前にした時の長兄のそれと雰囲気も似ていたから。

 けれど問う事は出来ない。軽率に踏み込んで良いものではないと、遠くを見つめたまま話すレヴィの、今の表情が物語っている。

「⋯お、俺にそういうのは、まだ早いよ」

 レヴィの過去に触れてしまわないよう、自分自身に話をすり替えた。事実として、仮に状況が許したとしても誰か一人を想うなど出来ないだろうから。

「⋯そうか」

 安堵したように、だが少しだけ残念そうに答えた後、それ以上を語ろうとはしなかった。ただそこに座ったまま空を見上げ続け、そばに居ながらもそこには静寂が流れる。

「⋯あまり長く浸かっていると、のぼせるぞ」

 時折声を掛けてくるものの、ただルティウスを案じる言葉だけ。

「⋯もう出るからさ、レヴィは戻っててよ」

「わかった」

 そしてレヴィは、部屋へと続く細い階段を登って行った。後ろ姿が見えなくなってから、ルティウスも湯から上がり手早く服を着る。湯冷めする前に急いで部屋に戻ると、飲み直していると聞いたフィデスとゼフィラの姿も無い。テーブルの上は尚も悲惨な状態だったが、放置して隣室へと引っ込んでしまったのだろう。

「⋯そういえば、寝ちゃったから何も食べてないな⋯」

 何か残っているかと探してみれば、一人分の夜食が隅に置かれている。そこにはメモが添えられており、ゼフィラが気を利かせてくれたのだと分かった。

 第三公女ゼフィラ⋯確かに彼女は優しい。細やかな気配りも出来る上に、見目も良い。年齢も近く、同じ王族という境遇にあるため話も合う。

 けれど彼女の行動の根幹には、兄からの依頼という名目があった。それを知るからこそ、周りが促そうとしても素直に受容出来ずにいる。

 ゼフィラの純粋な恋心に気付いていないルティウスは、そうして自分の心を封じ込めていた。


 用意されていた夜食で腹を満たしてから、ルティウスは全てを諦めて、あの巨大なベッドへと入る。

 既にレヴィが先に居たけれど、やはり酔っていたからだろうか、珍しく先に眠っている。聖石による魔力の繋がりを以てしても起きないほど、実は酔っていたのだろう。

「俺には控えろだの何だのって言ってたくせに⋯」

 ごく小さな声で文句の言葉を呟きながら、レヴィの隣へと身体を横たえていく。少しだけベッドを揺らしてしまったけれど、レヴィは起きなかった。

 そうして静かに、ルティウスも眠るべく目を閉じる。ゆっくりと睡魔の訪れを待っていたが、しかしその意識は思わぬ形で覚醒してしまう。

「⋯⋯⋯ァ」

「⋯⋯ん?」

 隣で眠るレヴィから、声が聞こえた気がした。

 寝言なんて、それこそ珍しいな⋯と思いながら、そっと近付いて聞き耳を立てる。

「⋯⋯⋯アリ、ア⋯⋯⋯」

 今度は、はっきりと聞こえてしまった。

 夢に見るほど、何度も名を呼びたい相手が『居た』という事だろう。

 だがルティウスは、心が冷えていくの感じていた。

 あれほど必死に自分を守ろうと、救おうとしている事そのものへの、漠然とした疑念が沸き起こる。

「⋯⋯⋯俺は、その人の⋯代わりなのか?」


 執着にも等しい彼の過保護。頼もしいと感じた優しい眼差しが、実は自分ではない誰かを見ているのだとしたら⋯?

 一度抱いてしまった不安と疑念は、どれだけレヴィを信じようと考えてみても、何故か晴れてくれない。

「⋯⋯⋯やっぱり、俺は⋯⋯⋯──」


 それぞれがようやくの安息を得られたはずのこの夜、静寂に包まれた広い部屋の中から、自身の存在価値を見失い苦悩する少年の姿は静かに、レヴィにも悟られないまま消えた。

 その場に残されていたのは、レヴィから渡された、聖石という繋がりの証だけ⋯──。  


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