0119
そして新たなる危機が、リーベルの何気ない発言により投下される。
「なんだかややこしくなってんな⋯もういっそよ、ルティウスとゼフィラちゃんでメイン使えよ。王族同士なんだから」
「⋯ッッッ!」
「⋯まぁ。ふふっ⋯⋯それも捨てがたいですけれども」
あまりにも唐突な発言に、ルティウスは声にならない悲鳴を喉から漏らしている。
対してゼフィラは、満更でもない様子。ルティウスに想いを寄せる恋する女としては、願ったり叶ったりの展開でもある。
だがそれを、決して許さない竜がここにはいる。
「⋯駄目に決まってるだろう」
動揺し喚くルティウスを背後から軽く抱き寄せて、逃げ出してしまう前にその身を捕らえる。片腕で軽々と腰を抱きかかえるレヴィは、金色の瞳に、隠し切れない悪戯心と愉悦を滲ませていた。
「存じておりますわ。いつかレヴィ様に認めて頂けるよう、わたくしも精進致します」
何の精進⋯?というルティウスの嘆きの言葉は声にはならない。自分を抱える竜を恐る恐る振り返り見ると、何だか嬉しそうに笑っていた。
「ま、そこが妥当っつーか、こうなる事は初めっから分かってたっつーか」
「ねー?レヴィがルティ君を離すワケないしねー!」
落ち着くべきところに落ち着いた⋯そう言わんばかりの雰囲気が場に漂う。取り残されているのは、ルティウスただ一人。
「え⋯⋯うそだろ⋯え?」
レヴィの腕に抱えられたまま、隣室へ消えていく三人を見送る。リーベルが一度だけ振り返り「ただし変な事しやがったらタダじゃおかねえぞ」と釘を刺していたけれど。
「⋯さて」
頭上から聞こえてきた声に、身体が跳ねる。
そして思い出されるのは、耳打ちされたあの一言。
「とりあえず⋯お前は身体を休めろ」
そう言いながらレヴィは、ルティウスを抱えたまま部屋の奥⋯大きなベッドへとゆっくり歩いていく。
純情な少年の眼前で、近付いてくるその威容は思春期故の想像力さえも掻き立てる。
ここで、幾人もの人々が⋯そんな想像に緊張するルティウスは思わず目を閉じてしまうが、直後に訪れるのはそっとベッドの端に下ろされ、柔らかな布の上に座る感触と、軽く頭を撫でられる手の温かさ。
「⋯⋯え?」
弱々しい声が自然と口から零れる。自分の知らない事を知らされるかもしれない漠然とした恐怖に緊張していたルティウスだが、レヴィは優しく頭を撫でるだけ。
「ベラニスを発ってから、色々起こりすぎた。お前はまず、休んだ方がいい」
冗談で囁いた一言も、レヴィなりにルティウスの『いつも通り』を引き出そうとしていたが故。そのせいで余計に緊張させていたのだが、少年の身を案じている事は変わらない。
「そんなに疲れてはいないと思うけど⋯」
「それでもだ」
いつの間にか保護者モードのレヴィは、決して引かない。ルティウスの隣に座り、少しだけ真剣な目をした金色の眼差しと交差する。
しばしの沈黙の後、唐突にルティウスの身体はベッドへと沈められる。
「うわっ!」
無言のまま腕を伸ばし、細い肩を掴んで柔らかなベッドの上に押し倒す。けれどルティウスごと自らも倒れ込むレヴィは、自分よりも小さな身体に身を擦り寄せて、瞳を閉じていた。
突然の事に瞬時に身を強張らせるが、すぐに緊張は立ち消える。
「⋯レヴィ?」
「⋯⋯少しだけ、このままじっとしてろ」
休めと言った張本人が、実は最も休息を必要としている事に、ルティウスも気が付く。所々の記憶は朧げだが、レヴィが自分のために精神をすり減らしていたのだと思い出したから。
絶望に狼狽える声を聞いた。
救えないかもしれない悲しみに歪む顔を見た。
悲嘆に震える手の温もりも覚えている。
こうして自分に擦り寄るレヴィは、決して全能の神などではない。人と同じように苦悩し悲しみ、疲れる事もある生きた存在なのだと。
「⋯あんたの方が、ちょっと無理しすぎなんじゃないのか?」
いつも自分を守ろうとするレヴィの髪を撫でて、いつもと変わらない口調で言う。こうしてこの白銀の髪に触れるのは二度目だが、相変わらず手触りが良くさらさらしていた。
「誰のせいだ⋯?」
胸元から放たれる言葉は、けれどルティウスを責めているわけでもない。勝手にしている事だと、レヴィ自身が自覚しているから。
「分かってるよ。俺が無茶するから、レヴィに無理させてるんだよな」
「自覚があるなら、少しは控えろ」
「ははっ、ごめんごめん」
いつしか、レヴィからは寝息の音が聞こえてくる。ルティウスよりも早く眠るなど、今までに無いことだ。それだけレヴィが疲弊していた事、そして自分が無事であるという事実こそが彼を安心させられる要因になるのだと心に刻みながら、ルティウスもゆっくりと目を閉じる。
いつもと逆転の、レヴィからの甘えを受け入れる少年は、彼の後を追うように眠りに落ちていく。
窓の外は既に日が沈みかけている。
アムニシアでの夜は静かに更けて行く⋯⋯⋯はずだった。




