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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十一話

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 絢爛な宿に足を踏み入れ、その豪華さに目を眩ませるリーベルをよそに、皇子と公女、そして竜神達は平然としている。五人の中でリーベルだけが、いわゆる庶民の出である。

「⋯大丈夫か?ここ、絶対にお高いだろ?」

「ご心配には及びません。必要な資金はお預かりしておりますし、わたくしもそれなりには⋯」

「俺も持ってるし、多分大丈夫だと思うよ、叔父様」

 皇子と公女の、浮世離れした金銭感覚がここで露見される。

 節約をと考えはしたものの、ルティウスも金を持っていない訳ではない。ベラニスでは領主邸に滞在していたため、所持金が減る事はなかった。そのおかげで、今も路銀の余裕はある。

 そして人の世の生まれでもない竜達は、それこそ流されるまま付き添っているだけ。それに彼らが本気を出せば、この程度の宿に泊まれるだけの金銭的価値を持つ品を創造する事は容易い。

「いらっしゃいませ、お泊まりでしょうか?」

 そうしてロビーで待っている五人の前に、宿の案内人がやって来る。

「五名です。二部屋か三部屋、空いておりますか?」

「はい、空いております。今は少し閑散としておりますからね⋯お部屋も選べますよ」

 そうして案内人に促されて、受付のカウンター前へと向かう。各部屋の料金が書かれた一覧を受け取ったゼフィラは、間髪入れずに答えていた。

「こちらの⋯最上階をお願い致します」

 ゼフィラが選んだ部屋の説明に、ルティウスは横から一覧を覗き込んで目を通していく。金額はかなりのものだが、払えないほどではない。そこに兄からの援助も加わるのならば、問題は無いように思えた。

 けれど部屋の詳細を見た所で、ルティウスは驚愕に目を見開いた。

「⋯ねぇ、ゼフィラ⋯⋯これ⋯」

 どうして彼女は、この部屋を選んだのだろう。

「はい。こちらのお部屋でしたら景色も良く、温泉も客室に専用のものがありますので!」

「そうじゃなくって!」

 泊まる部屋から出る事なく温泉を堪能出来るのは、確かに便利だと思える。大陸最高峰と呼ばれるアムニス山の麓から見下ろす景色を楽しめるのも悪くない。

 しかし⋯。


 ゼフィラが選んだ最上階は、各国の王侯貴族が忍んで、だが足繁く来訪するという謳い文句が書かれている。

 それ自体は別に良かった。

 問題はその部屋へ訪れる王侯貴族の、目的。

 わざわざ『忍んで』訪れる理由は、そう多くない。利用客の大半は、公言の出来ない関係を隠して来訪する者達ばかり。

 そうした目的に即した最上階の特別室は、従者用の質素な隣室は備えられているものの、メインとなる寝室は一つだけと記載されていた。

「なんっで、普通の部屋にしないんだよッ!」

 ようやく落ち着いたはずの、思春期ならではの羞恥が蘇る。多感な年頃故の想像力は、最上階の部屋が持つ隠れた『目的』を察してしまっていた。

 けれどゼフィラは、何でもない事のように返してくる。

「貴方様に、不自由の無きようにと、兄君からのご指示ですので」

 ちらりと案内人を見遣ってから、ゼフィラはわざわざ呼び方を変えてまで答えてくれる。ルティウスが皇子である事を伏せた彼女の機転は素晴らしいが、それはまた別の話だ。

「まずは、受付を済ませてしまいましょう」

「だから、ちょっと!ゼフィラ?」

 話を聞いてくれ⋯その声を発するよりも早く、ゼフィラは受付の案内人へと向き直ってしまう。

 そして背後でやり取りを見ていた保護者組が、項垂れるルティウスの元へと集まってくる。

「なぁ、どうなったんだ?」

 少しだけ声を潜めてルティウスへと問うリーベルは、ルティウスの顔が僅かに赤くなっている事に気付いた。

 その反応は、ほんの数時間前に散々見ていたものだ。分からないはずもない。

「⋯なるほどな?何気なくゼフィラちゃんが選んだ部屋は『そういう部屋』って事か?」

 各地を旅した事もある男、リーベル・フォンス。彼の年齢は三十四歳。ルティウスと比べれば、人生の酸いも甘いも粗方経験してきている。無垢な甥が何に動揺しているのかを察するまでは、一秒も掛からなかった。

「叔父様⋯なんでそんな、平気なの⋯」

 どこか泣きそうな声で話すルティウスは、まだ動揺したままだ。はっきり答えてしまっても良かったが、この甥っ子にはまだ早い。

 どう返すべきか悩んでいたところに、宿泊手続きを行っているゼフィラの横から部屋の詳細を覗き見し終えたフィデスも寄ってくる。

「⋯なるほどね?確かにアレは、ルティ君にはちょっとだけ刺激が強かったかもね」

「どういう意味だ?」

 フィデスの言葉に反応したレヴィもまた、話に割り込んでくる。

「あのね?ゼフィラちゃんが手続きしてるお部屋ね、メインの寝室はひとつしか無いんだってさ」

「何か問題でもあるのか?」

 人の世の情事に疎いのか興味が無いのか、レヴィは理解していない様子で問い返す。けれどフィデスはレヴィの腕を掴み、強引に屈ませて耳打ちする。

「泊まろうとしてる部屋がね、実はさ⋯⋯⋯」

 こんな生々しい話を、動揺しているルティウスには聞かせられない。そうしたフィデスのさり気ない優しさではあるが、話を聞かされたレヴィは、あまりにも堂々としていた。

「⋯人目に触れにくい最上階、そんな場所なら、その程度の事は有り得る話だろう」

 部屋の隠された目的を聞いても、レヴィは大した問題には感じない。自分たちが『そう』する訳でもなく、ただ泊まるだけだ⋯と。

「ま、そう簡単に割り切れないのが、思春期ってヤツよ」

 フォローしているのか疑わしいリーベルの言葉だが、それによってレヴィもようやく気付く。ルティウスが何に動揺しているのかを。

「あぁ、それで⋯⋯」

 微かに頬を染めている少年の様子を見下ろして、レヴィは思い出す。ルティウスがまだ子供であるという事を。

 そして僅かだが、レヴィにしてはあまりにも珍しい悪戯心が芽生えてしまう。

「ルティ⋯」

「⋯な、何?」

 蘇った羞恥心と戦い続けているルティウスのすぐ側まで歩み寄り、レヴィはその身を少しだけ屈ませる。低い位置にある少年の耳元へ顔を寄せると、小さく、だが低い声で囁いた。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯ッッ!」

 何を言ったのかは、リーベルにもフィデスにも聞こえていない。手続きを済ませたゼフィラが振り返ると、頭を抱えてその場に崩れ落ちているルティウスの姿があった。

「あの⋯何かありましたか?」


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