0115
それから程なくして、ルティウス達は温泉街アムニシアへと到着した。
外壁は強固で、多少の魔物は入り込めないように防衛体制が敷かれている。門は平原側と山側の二つしかなく、非常時にはその二箇所だけを守れば良いという、良く言えば戦力集中しやすく、悪く言えば挟撃されたら逃げられない、そんな一長一短な構造である事を、ゼフィラから教わった。
旅人が常に出入りする場所柄か、門は開け放たれている。有事の際には閉じられるようだが、出入口の傍らに立つ衛兵も笑顔で迎えてくれる。
「おっ、峠越えを目指してる人達かな?」
「左様です。宿の空きはありますでしょうか?」
「ん~⋯多分空いてると思うぞ?大通りを進んだ先にある一番でかい宿なら、五人でも泊まれるんじゃないかな」
衛兵とゼフィラが交わす会話を、じっと聞いているルティウス。
「すごいね、ゼフィラって」
「何がだ?」
いつの間にか隣に立っていたレヴィへと話し掛ける。
「サクサクっと、情報を聞き出しててさ⋯」
ルティウスにとっては初めての、本格的な旅路。聞きかじりの知識として学んではいるものの、それを行動に移すには経験が足りない。
そんなルティウスの傍らで、レヴィは少しだけ笑っていた。
「アレは、お前より相当旅慣れている。任せておいても良いだろう」
穏やかに語るレヴィは、あれだけ殺意を剥き出しにしておきながらも、既にゼフィラを認めているようだった。
「俺もあのくらい慣れてたらさ、ベラニスですぐに宿、見つけられたのかもね」
「どうだろうな。あの時のベラニスは、オストラのせいで立ち往生する者が溢れてたからな。どのみち空きがあったかは分からんだろう」
ほんの一ヶ月ほど前の事が、随分と昔のようにも感じる。
あの時は宿が見つからず途方に暮れかけていた。そのおかげでリーベルやテラピアとも偶然に出会えたのだから、悪い事ばかりでは無かったけれども。
「⋯今度立ち寄る街では、お前が宿探しをしてみるか?」
「え~?自信ないけど⋯」
「やれるだろう」
いつもより少しだけ乱暴に頭を撫でながら、ルティウスの背中を押すように告げる。
レヴィがこうして、ルティウスの自立を促すかのように言うのもまた、道中でのリーベル達の言葉が効いている。
──思春期の子供に構いすぎると、避けられるぞ──
それは鋭い槍のように、レヴィの心に深く突き刺さった。
過保護や執着を通り越して、溺愛の域に達しているレヴィ。遅れてやって来た思春期や反抗期という、多感で複雑な年頃でもあるルティウスを想うなら、適度な距離を維持しろと、リーベルとフィデスからきつく釘を刺されていた。
竜であるレヴィにとっても、それは初めての経験。人の親とはこういうものか⋯という、数千年を生きながらも新たな学びを得ていた。
悪くはない。そんな思いが心に浮かぶものの⋯──。
「殿下、宿はあちらです。参りましょう」
衛兵との話を終えたゼフィラが、ルティウスの手を取り移動しようとする。
その光景を見て、酷く苛立つのだけは、止めようがなかった。
「ねぇ、オジサン」
「⋯なんだ、フィデスちゃん」
そうした一部始終を後方で見守っていたリーベルとフィデスは、心の底から呆れていた。
「レヴィ、だいぶ我慢してるよ⋯」
「あぁ、見りゃ分かる」
二人の懸念は、自分達の発言により自制を覚えたレヴィが、我慢の限界を迎えて想いを爆発させてしまう危険性。
その矛先がどこへ向けられるのかは、今となってはもう見当もつかない。
「⋯まぁ、信じてやろうぜ」
「⋯⋯怖いなぁ」
過保護な竜神の保護者。その過保護を制し見守りに徹している二人は、まるで『保護者の保護者』という謎のポジションに立たされている気分だった。
***
ゼフィラが衛兵から聞き出した宿は、アムニシアの大通りを抜けた先に続く高台の上に建っていた。通り過ぎる際にも数々の宿を見かけたが、目の前に聳える目的の場所は、他とは一線を画す荘厳な佇まいだった。
「ねえゼフィラ、本当にここ?」
「はい、こちらでございます」
何をどう間違えたとしても、他の宿より料金が高額である事は確実。仮にも皇族の身分であり、金を持っていない訳ではなくても、今後もまだ続くだろう旅路を思えばこんな高級宿は避けておきたかった。
「もう少し安いとこで良いんだけど⋯」
「いけません!」
安宿を希望している事を伝えようとした瞬間、ゼフィラはルティウスの言葉を遮った。
「殿下には、お立場に相応しい場所へ宿泊して頂かなければ⋯」
それは公女としての意地と誇り、そして彼女に弟を託した、あの第一皇子からの命令でもあった。
「サルース殿下より承っております。ルティウス殿下には、旅の最中でも不自由の無いように⋯と」
「⋯えぇえ⋯⋯?」
一連のやり取りを聞いていた後方の三人は、異なる反応を見せている。
レヴィは何故か、その表情に『当然だ』という感情を隠す事なく滲ませている。
けれどリーベルとフィデスは、揃って頭を抱えたくなっていた。
──兄もレヴィと同類か⋯!──
「それに、ここは公国領です。わたくしの権限で、最上級のお部屋をご用意させて差し上げます」
「⋯普通でいいから!」
軽やかな足取りで宿の中へ入っていくゼフィラを、誰も止める事は出来なかった。
彼女の言葉通りなら、おそらくサルース第一皇子より路銀を預かってきているのだろう。
あの弟バカに等しい兄が、何の策も用意せずにゼフィラを遣わせる訳はない。幼心にも困惑するほどに偏った長兄の愛情を知るからこそ、ルティウスの心には諦念が湧く。
「なんか⋯ここで決まりみたいだよ」
苦笑を浮かべて振り返るルティウスは、既に決定された事を報告する。その声には、少しだけ疲れが滲んでいた。
「⋯ま、第一皇子殿下の奢りになる、みたいな事だろ?今は甘えとこうぜ?」
吹っ切れたのか諦めたのか、リーベルは意気揚々とゼフィラの後に続いて宿へと入って行った。
「ボクも人の世に降りて長いけど、こんな豪華なトコ初めてだよ~♪」
同じように諦めたらしいフィデスもまた、気持ちを切り替えたのかウキウキとした様子で後に続く。
まだ困惑の抜けないルティウスは、レヴィを見上げて様子を窺った。
宿の入口をじっと見つめるレヴィは、どこか満足そうに笑っている⋯。
「お前の兄は、よく分かっているな」
「⋯⋯⋯はい?」
一体何に納得したのか、その笑みの真意をルティウスは理解出来ない。ただ少しだけ嬉しそうに頭を撫でてから、レヴィもまた宿の入口へ向かうべく歩き出す。
「行くぞ、ルティ」
「ちょっと待ってって⋯」
けれど心の中では、一抹の不安を抱く。
過保護な竜神と、弟バカの兄。その二人が顔を合わせた時⋯その溺愛の狭間に立たされた時、自分は一体どうなっ




