0114
一行が長い休息を取っていたのは、西ベラニスからそれほど遠くない位置。大陸の南東からほとんど移動出来ておらず、先の道程はまだまだ長い。
ヴェネトス公国があるのは、大陸の北西。その途中には聖域のあるアムニス山とそこから連なる山脈が南北に横たわり、峠を越える必要もあるため決して楽な道ではない。それが、若い頃に旅した事のあるリーベルの見解。
そうして先行きを思案するリーベルの眼前では、珍しい光景が広がっていた。
あのルティウスが、レヴィの隣にいない。
少年の隣には、過保護な竜神ではなくゼフィラがいる。
そしてそれは、保護者を常時苛立たせるという爆弾に繋がっていた。
「⋯機嫌悪いな、こいつ」
ルティウス達から一歩引いた後方を進む保護者達。リーベルの隣にいるレヴィは、隠す気もないのかこの世の不機嫌を全て集約したかのような顔をしている。
そんなレヴィが睨んでいるのは、当然ながらゼフィラ。
「⋯全く。娘を男に取られた父親みてえな顔しやがって」
「黙れ斬るぞ。それにルティは娘ではない」
「例え話だろうがよ!」
保護者達による観察と不穏な会話など知りもせず、前方を歩く二人は和やかな雰囲気だ。
ルティウスとゼフィラには、共に王族という共通項があり年齢も近い。一度打ち解けてしまえば、親密になるのは早かった。
そうした境遇の類似がなくとも、本来の性格が甘え方を知らない甘えたがりのルティウス。ゼフィラの意外な積極性に牽引されれば、あの少年が心を開くのは容易に考えられる事。
そうした現実の分析をすればするほど、レヴィは苛立っていく。
「レヴィ~。いい加減にしないとさ、ルティ君に嫌われちゃうよ?」
フィデスの呆れた声が聞こえて、レヴィはちらりと視線を向ける。殺気も霧散し、変わらぬ表情の中で、瞳だけが僅かに狼狽えていた。
「あ~そうだな、思春期の娘にベタベタしすぎて拒絶される父親なんて、そこら中にいるからなぁ」
「だからルティは娘ではないと⋯」
「「例え話だって言ってんだろ!」」
明らかな動揺を滲ませるレヴィは、既にポンコツモードのようだ。
後方で繰り広げられる不毛な言い争いなど露知らず、ルティウスはゼフィラの隣で笑っている。
「成程、サルース殿下にもそのような⋯」
「そうそう!それにこの剣だってさ、くれたのは嬉しいけど、俺の身長がこの剣と同じくらいの頃に渡されたんだよ?」
ルティウスが示すのは、最初から持っていた剣。
幼い頃にサルースから贈られた逸品ではあるが、その経緯はルティウスにとって今も笑い話のひとつだ。
「あのサルース殿下なら、やりかねないですね」
「でしょ?本当に、兄様はどっかズレてるんだよなぁ」
歳も近く、互いに王族であり、末っ子同士。兄や姉にまつわる苦労話に花を咲かせる二人の距離は、精神的にも物理的にも狭まっていく。
談笑しながらの道程は実際の時間経過よりも早く感じられ、気付けば森を抜けて平原に出ている。背後から感じる殺気は何故か途切れがちになるものの、嫉妬に塗れた保護者がちゃんとそこに居る事は振り返らなくても分かる。
時折、娘だの親だのとよく分からない単語が聞こえた気もするが、ルティウスは深く考えない事にした。
「殿下、皆様。この先の街道を進めば、アムニス山の麓街に辿り着きます」
立ち止まって振り返るゼフィラが、本日の目的地となる集落の場所を告げる。
ゼフィラが指差した先には、まだ遠いが確かに街らしき風景が見えていた。
「おっ!アムニシアの街だな!あそこ、俺も好きなんだよなぁ!」
過去に訪れた事があるのだろう。リーベルが何かを思い出すように表情を緩めている。
「あの街、アムニス山の地脈と繋がってて、温泉が湧いてたと思うんだよね」
フィデスも知っているようで、温泉への期待から瞳を輝かせている。
「へぇ、温泉かぁ。帝国の大陸の方には確か無かったんだよな。初めてだよ、俺!」
そして誰よりも表情を明るくするのは、初めての旅路に胸踊らせていたルティウスである。
「山脈を抜ける前に、皆様あの街で休息を取られるのです。わたくし達も、今夜はこちらに宿泊した方がよろしいかと」
既に太陽は傾いており、山道の強行には向かない時刻。誰もがゼフィラの提案に納得し、アムニシアで一夜を明かす事が決定した。




