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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十話

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112/155

0112

 同時刻。

 グラディオス帝国。

 皇族が住まう堅牢な城の最上層、皇帝が座するべきその椅子には、自らを王と吹聴する若き皇子、ラディクスが座っていた。

 そして眼前に力無く倒れ伏すは、彼の実父でもあるはずの帝国皇帝、カシウス・レクス・グラディオス。

 その光景を見届けるは、皇帝に忠誠を誓ったはずの、国防の要たる重臣。

 騎士団長カストス・アートル。魔道士団長ビクティ・ヴェリター。

 そして、ルティウスを帝国の反乱から救い、レヴィと出会うきっかけを作り出した張本人である、アミクス・ヴェリター。

「⋯ラディクス殿下、陛下を手に掛けるのは⋯僕には⋯⋯」

 城の地下祭壇からルティウスを送り出した直後、アミクスは第二皇子によって囚われた。ルティウスを逃がした自分は、きっと殺されるだろう⋯そう覚悟していたが、ラディクスは手を出さなかった。


『私の元で覇道を進まないかい?』


 それが罠や計略の類だと分かっていて、けれどアミクスは首を縦に振った。それは別れ際に、ルティウスと交わした約束のため。


──必ず……必ず生き残れよ?友達として、お前が仕える皇子として、死ぬ事は絶対に許さない!──


 ルティウスとの約束、それだけを支えにこれまで過ごしてきた。

 けれどアミクスは今、危地に立たされている。

「ふぅん⋯⋯そう。私の目の前で、その男をまだ陛下と呼ぶのかい?」

 この玉座の間にこれだけの少人数しかいないのは、この場に集まるべき臣下の大半が既に処刑されていたから。

 アミクスもまた、何人もを手に掛けた。心を凍らせ、徹底的に情を捨て、生きてルティウスに会う⋯ただそのためだけに、ラディクスが下す非情な命令を遂行してきた。

 けれど、アミクスはついに躊躇する。

 眼下に倒れている皇帝は、あのルティウスの実父。皇帝という地位を抜きにしても、手を出せる訳がない。


──彼を殺せば⋯僕は、ルティの⋯親友の父親を殺す事に⋯──


 母親の死後、たった一人で泣いていた幼いルティウスの姿を知るアミクスに、出来るわけがない。

「僕には⋯出来ません⋯」

「ふぅん、そう⋯」

 まるで興味を無くしたように、ラディクスは視線を逸らす。そしてそばに控える騎士団長へと、その歪んだ眼差しを向ける。

「君がやりな」

「⋯⋯はっ」

 応答する騎士団長の声は、空虚だった。そこに本人の意思など無く、ただラディクスの命令を忠実に遂行するだけの人形。

 それは反対側に立つ魔道士団長⋯アミクスの父も同じ。

 彼らは既に、その魂を喰われてしまっている。

 アミクスがまだ『そう』なっていないのは、単なるラディクスの暇潰しに過ぎない。

「アートル卿、おやめ下さい!」

 届くはずが無い事は分かっていて、それでもアミクスは叫んだ。

 このまま止めに入れば、ラディクスに消される。それはルティウスとの約束を破る事になる。

 そうして葛藤するアミクスの眼前で、騎士団長が剣を抜く。鋭く研がれた剣は、窓から差し込む朝日を反射して煌めいていた。


 カシウス皇帝を若かりし頃から支え、即位に最も貢献したとされる騎士団長。その手が気絶し倒れる皇帝の髪を掴み上げ、僅かな躊躇いの気配もなく、皇帝のために研がれた剣を、その喉へと⋯──。


「ッ⋯!」

 思わず目を逸らしてしまう。

 見届けるべきなのかもしれない⋯けれど、見れなかった。

 辺りには大量の血が飛び散り、皇帝だったその人は、既に生きた人間では無くなっている。

「さて⋯⋯⋯」

 びくりと、身体が跳ねる。

 暴虐の王の暇潰しを完遂出来なかったアミクスは、恐怖で震えている。助けなど望めるはずもない城の最上層で、ラディクスの退屈そうな視線を一身に浴びていた。

「私の命令が聞けないなら⋯聞きたくなるようにしてやらないとな」

「⋯な、何を⋯僕にこれ以上⋯⋯何をさせよう、と⋯」

「少しだけ、その理性を、もらうよ」

「⋯えっ!」

 直後、ラディクスが左手を翳すと、そこから黒い魔力が溢れ出す。

 瞬時にアミクスの身体へと纏わりつくそれは、アミクスから最も大事なものを奪う。

「くそっ、何だ⋯これ⋯!」

 魔道士でもあるアミクスでさえ、振り解けない濃い魔力。

 それは⋯アミクスの魂へと干渉していく。

「忘れてしまいなよ、君が大事にしてる、約束なんてさ⋯」

 残酷な一言は、命令だった。

 そしてラディクスの言葉通り、アミクスの頭の中から、記憶がガラスのように割れていく。


 ルティウスとの出会いも、笑いあった事も、魔道士団の詰所で共に学んだ日々も、別れ際の約束も、全てが⋯。


「いや、だ⋯⋯僕か、ら⋯ルティを⋯⋯奪わない、で⋯」

 抗おうとしても、記憶は零れ落ちていく。

 涙を流したのは一瞬の事。

 直後、アミクスはその顔に、笑みを浮かべていた。


 



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