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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十話

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 そして森の中で一夜を明かしたフィデスとリーベル、ゼフィラの三人は、あまりにも突然の帰還に驚く事となる。

 待ち続けていた三人の中で、最も早く気付いたのはフィデス。水脈の揺らぎは地脈にも多少以上の余波を与える。そうして気付いたフィデスの目の前に現れるのは、待ち望んでいた二人の、見た目だけは元気そうな姿。

「⋯っ、ルティ君!」

 また、飛び込んで抱きつきたかった。けれど踏み止まったのは、レヴィがルティウスを抱きかかえていないから。

 あのレヴィが、何故ルティウスを地面に座らせたまま跳んできたか⋯それが不自然だったから。

 直ぐさま、フィデスは神の【眼】でルティウスを診る。瞬時に金色の輝きを放った瞳は、少年の身体に残る後遺症を看破していた。

「⋯ルティ君、その身体⋯⋯⋯」

 レヴィが伝えずとも、ルティウスが訴えずとも、フィデスは真っ先に気付いた。レヴィはルティウスをわざと、抱き上げずに跳んだのだと。

 ボロボロに傷んだ全身の神経⋯その身体を無理に動かさせれば、本当に動けなくなると分かっていたから。

 起き上がっていられる事が奇跡にも思える状態、それを見抜いたフィデスは何も言わずに駆け寄り、ルティウスの正面に座り込んだ。

「レヴィ、キミさ、何でこんな状態のルティ君を寝かしといてあげてないんだよ!」

 むすっとした表情を浮かべてレヴィを責めるが、それもフィデスなりの優しさ。ルティウスの性格を考えれば、この少年が自らの意思で勝手に起き上がったか、起き上がる事を望んだのは明白。あえて責める事で、レヴィが落ち込む余地を奪おうとしている。

「ルティが無理に動いたせいだ」

「保護者なら止めなよ、全くもう⋯」

 直後、ルティウスが着けている左手首の腕輪から光が溢れる。治療のための魔法もまたルティウスの魔力を借りなければ行使出来ない、そんな現状を悔しく思うが、何よりも彼の身体を治す事が先決だった。

「なぁ、一体どういう事なんだ?」

 ルティウスの、大切な甥の帰還を喜びたいはずのリーベルもまた、フィデスの様子を見て怪訝な表情を浮かべている。

 動かさせてはいけない、という彼らの発言は、ルティウスの状況をリーベルにもゆるやかに悟らせてしまう。

 静観していたゼフィラは、やはり何かを考え込んでいる。

「あの呪いの花の根は⋯殿下のお身体そのものにも侵食していた、という事でしょうね⋯⋯」

 公国に保管されている禁書へも追記しなければ⋯公女としての責任を、彼女は考えていた。

「マジかよ⋯⋯ルティウス、大丈夫なのか?」

 生きていた事は喜ばしい。けれど生存の代償の大きさに胸が痛くなる。もしもフィデスの力で治せなければ、彼は人としては生きられても剣士としては死ぬ事になる。甥が秘める剣の才を知るからこそ、リーベルは悔しげに唇を噛んだ。

「ん~⋯なんか動けないだけで、俺は何ともないけど」

 軽く発せられた一言の直後、ルティウス以外の全員が同じ思いを抱く。


──動けない事が大問題だろう⋯──と。


「まぁでもさ、フィデスが治してくれるだろ?」

 不安など微塵も感じていない様子で、治癒魔法を掛け続けるフィデスへと視線を向ける。

 淀んだ魔力による物理的な肉体への侵食は、全身を駆け巡る神経の大半を腐らせ、立ち上がるだけの力を込める事さえも不可能としている。そうしたルティウスの容態が見えたからこそ、現れたルティウスが起き上がっている事に驚愕した。

 だが向けられる眼差しと期待は、フィデスの心を奮い立たせる。

「もーっ!プレッシャーやめてよね!失敗したらどうするんだよ!」

「あははっ!ごめんごめん⋯!」

 最も絶望的な状況に在るはずのルティウス本人が、悲愴も自嘲もなく純粋に笑っている。

 一番辛い思いをしている少年が笑っているのに、外野が落ち込んでしまう訳にはいかない。無邪気な笑顔は、全員の心配すらも押し流していた。

 ここまで信じられているのに、成し遂げられぬは神の名折れ⋯フィデスが本気を出すのは、この直後の事だった。


 金色に輝く瞳、そしてルティウスの周りを包み込む、暖かな黄金色の光。それまで以上の出力で放たれる癒しの力は、小さな粒となってルティウスの体内へと吸い込まれ始める。

 人の肉体を走る無数の神経。その全てを診て、癒しの力の源となる微粒子を送り込んでいく。

 それは神にとっても、途方もない作業。再生の仕方を誤れば、逆にルティウスの身体は不髄の後遺症を残し続ける事になってしまう。

「⋯レヴィ、ちょっとさ⋯手ぇ貸して!」

「承知した」

 フィデスの魔力と同調させるように、レヴィもまた力を解き放つ。

 水の神が本来司るのは、浄化と融和。フィデスの力によって再生された神経が、レヴィの力によって繋がりを取り戻す。

 ルティウスを包み込む蒼と金の輝きは、同時にルティウスの魔力を削っていく。けれど魔力が枯れることはない。そうならないように、レヴィが細心の注意を払って調整していた。

 そして気付かれないよう、レヴィはさらに魔法を重ねている。

 ルティウスのピアスを開ける時にも使った、感覚を麻痺させるもの。唐突な神経の復活が、ルティウスに激痛を与えてしまう可能性を考慮していた。

 今度はあの時のように局所ではない。全身へとその魔法を使うのは諸刃の剣となりかねないが、レヴィの卓越した制御だからこそ成せる技だった。

 ゆっくりと、だが確かに、ルティウスの肉体に力が戻っていく。指先の感覚が戻り、何度も握っては開いてを繰り返す。背後に膝立ちし支え続けているレヴィから、自力で離れる事が出来る。

 フィデスとレヴィによる治療は、かなりの時間を要したがルティウスを快復へと導いていた。

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