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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十話

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 そして同時刻。アムニス山の水の聖域。

「⋯ルティ、いつまでそうしているつもりだ?」

「うるさいよ!」

 レヴィの手が届かないギリギリの距離まで逃げ延び、動かない身体を地面に横たえて背を向けるルティウスは、真っ赤な膨れっ面を浮かべて不貞腐れていた。

「ほんっと⋯やっぱりレヴィおかしいよ⋯⋯何でそんな事して、平然としてられるんだよ⋯」

 千年以上を生きる彼にとっては些細な事だったかもしれない。だが年頃のルティウスにとっては一大事だ。彼がそれしか手段が無いと判断したのだから仕方なかったのだろうけど、頭では納得しても心はそうもいかない。

「⋯みんなに、どんな顔して会えば⋯⋯⋯」

 転移魔法で移動してきた事は聞いている。ならば再び彼が転移魔法を使えば、一瞬にしてフィデスやリーベル、ゼフィラが待つ場所へと戻る事になる。

 その前に気持ちの整理をつけておかなければ、酷く狼狽えたところをフィデスに揶揄われ、察した叔父が怒り狂いレヴィと一触即発の事態になる事は考えるまでもなく、その光景を思い浮かべるのは今この場で立ち上がる事よりも容易い。

「ルティ、悪かったと言っているだろう⋯」

 じわりと近付いてこようとする気配を感じて、ルティウスは身体を強張らせて叫んだ。

「来んな!まだ⋯もうちょっと離れてろよ!」

 心は乱れている。自分にとって大事な初めての機会を、知らない内に奪われていた⋯。そうして複雑な羞恥と怒りに苛まれながらも、唇に残る感触は何故か忘れられない。

「なんっで⋯⋯嫌だって思わないんだよ、俺⋯⋯⋯」

 それはレヴィにも聞こえないほど、とても小さな声での独白。

 対人関係の経験値が低いルティウスにとって、今の気持ちを飲み込んで落ち着かせるのは呪いの花を焼き尽くす事よりも難しかった。


 やがて、背後から盛大な溜め息を吐く音が聞こえてくる。拗ねすぎて呆れさせてしまっただろうか。もしもレヴィが自分を見限って置いていかれでもしたら、何処とも知れない山の頂上で途方に暮れるしかなくなる。

 恐る恐る、気付かれないように首を動かして…それすらもまともには動かないが…振り返ってみると、いつの間にか距離を詰めていたレヴィがすぐ後ろにいた。

「わぁっ!」

「急に大声を出すな、驚くだろう」

 飛び跳ねるように⋯実際は微動だにしていないが、驚愕の悲鳴をあげるルティウスを膝立ちで見下ろすレヴィは、いつもの無表情でも微笑みでもなく、困惑したように表情を顰めている。

 だが直ぐにレヴィの瞳は、僅かな輝きを放ってルティウスの全身を診断でもするように見回す。

「⋯やはりな。ルティの身体は今⋯神経にも損傷がある」

「⋯⋯⋯えっ?」

 それまでの羞恥など吹き飛ぶようなレヴィの一言に、ルティウスも目を見開く。

「あれからしばらく経っただろう。それでも身体がまともに動かないのは、そのせいだ」

 呪いの根がルティウスに与えた影響は未だ残っている。魔力を食い尽くし花を咲かせようと伸びた根は、魔力回路だけではなく肉体の神経までもを侵食していた。

「魔力枯渇だけじゃ、なかったって事?」

「消耗したお前の魔力は、もうほぼ戻っている」

 時折輝く金色の瞳は、レヴィが視る事のできる全ての状態を看破している。回復していないのが肉体だけで、それ以外はほとんどが元通りである事も。

 そしてルティウスに残る後遺症が、レヴィの力だけでは治してやれない事も⋯。

「いい加減戻るぞ。フィデスの力なら、おそらく治せる」

 再生の力に特化した土の竜神の治癒魔法。それはまさに神の奇跡にも等しい権能。自分の手で治してやれない事を悔しく思いながらも、彼女に任せるのがルティウスにとって最善だと、レヴィは正しく認識している。

 少しの沈黙が流れ、決意したようにレヴィを見上げるルティウスは、釘を刺すように告げる。

「帰ろう。みんなの所へ⋯⋯⋯でも、余計な事言うなよ?」

 まだ少しだけ頬の赤い少年は、心に残る羞恥との壮絶な戦いを繰り広げている真っ最中。それでも帰ろうと思えたのは、このままではレヴィを心配させ続けてしまうから。

「⋯言うものか。特に、フィデスにはな」

 悪戯好きなあのフィデスに知れたが最後、根掘り葉掘り聞き出そうと付き纏われ、さらにはある事ない事吹聴する可能性さえもある。

 致し方のない事だったとはいえ⋯あの瞬間の想いは、神であっても秘めておきたいもの。 

「そうだね⋯フィデスにだけは、ダメだな⋯」

 ルティウスも共通の認識だった。

 既に以前、二人の関係をただならぬものと誤解した節がある。それを覚えているからこそ、彼女の興味にこれ以上の燃料を投げ込むのはまずい。

「転移魔法を使うが、横になったままの方がいいか?」

「いや、せめて起き上がりたい…ていうか、このまんまで行けるの?」

「可能だ」

 普段なら、有無を言わさず抱き上げていただろう。けれどレヴィはルティウスの動揺を知るからこそ、あえて強引に抱き上げようとはしない。伸ばした腕でゆっくりと上半身を抱き起し、地面に座ったままの転移も可能だと告げる。

「まぁ、身体に触れておく必要はあるがな」

「⋯いつもそうしてろよ、全く」

 相変わらずの悪態をつきながら答えるルティウスを、レヴィはとても優しい表情で見下ろす。こうして喚き、怒り、冷たく突っ撥ねて拗ねる⋯そんな反応も、彼が生きていればこそ。

 そっぽを向いたまま力無く座るルティウスの肩を少しだけ強く抱いて、転移魔法を使うべく意識を集中させる。手に少しの力を込めた瞬間、微かに身体を跳ねさせる初々しい反応に、少しの笑みが浮かんだ。

「まだ怯えているのか?」

「怯えもするだろ、この変態!」

「失礼だな」

 罵倒の言葉を吐かれても、以前のように腹は立たない。そんな強がる少年の反応に笑みを浮かべながら、気持ちを切り替えるように金色の瞳を少しだけ細めた。

「さぁ、跳ぶぞ」

 既に二人の周りを囲むような、蒼白い輝きを放つ魔法陣が展開されている。本当は三度目なのだろうが、ルティウスの記憶ではこれが二度目。レヴィの頼もしい微笑みをちらりと振り返り見て、ルティウスも観念したように笑う。

「早くフィデスに治してもらわなきゃな!」

「そうだな」

 直後、水の竜神が遺した神聖なる泉は、元の静寂を取り戻した。



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