0103
「⋯あっ!そっかあそこか!確かにあそこなら、全盛期のレヴィが造ったんだから淀むはずないよ!」
言われてからフィデスも思い出した。かつてのレヴィが行った風の国に流れる水の浄化。その時に生まれた聖域が今もまだ残っているのなら⋯。
「でもあそこ、千年くらい経ってるけど⋯」
「ご心配には及びません!アール様の命により、かの聖域は厳重に守られ、我々公国の公女や女王でさえ、立ち入りを禁じられております!ただ⋯」
遥かな時の流れという大きな壁。そんなフィデスの懸念を払拭させるように明るく語ったゼフィラは、しかし最後に言い淀む。
「⋯かの聖域は、厳重に守られすぎて⋯我々も、正確な位置を把握しておりません」
こうしている間にも、ルティウスを蝕む呪いはその命を飲み込もうとしている。せめて場所さえ分かれば⋯そう考えても、近場に無い事は明らかだった。近くにあるのならフィデスが気付き、既に立ち上がっていただろう。
どれだけ速く飛んだところで、広い大陸のどこか、公国にさえ秘された聖域へ今から向かって間に合わせるなど、物理的に不可能だった。
しかし聖域を造り上げた本人だけは、その場所を知っている。
「⋯⋯大陸の、中央だ」
ぽつりと呟かれた、目指すべき場所。それを告げる声は、まだ暗く沈んだまま。
西ベラニスから遠くない現在位置。そこからレヴィの知る場所までの距離は、あまりにも遠い。それが分かっているから、レヴィは深く項垂れる。
「⋯間に合ったところで⋯⋯ルティの呪いが消える保証はどこにも無い⋯」
時間も距離も、覆せる方法は一つだけある。だが今のレヴィは、自身の根幹そのものを疑っている。
加護が少年の死を呼んだ⋯その事実が、レヴィの枷として動きを封じてしまっていた。
だが、この場に居るのは、レヴィ独りだけではない。
「てっめえ!いい加減にしろ!」
激昂する声と同時に、項垂れるレヴィの胸倉を掴み上げ、リーベルが怒りの表情を浮かべて竜神へと拳をぶつける。
フィデスのものとは別格の、剣士の腕力。その渾身の一撃は確かな痛みを伴って、レヴィの目を開かせた。
「いつまでウジウジ悩んでやがる!方法があんだろ?なんで動こうとしねえんだよ!」
魔法の才も、ルティウスを抱えて飛ぶ翼も、ゼフィラのような知識も、フィデスのような記憶も無い。最もルティウスを救いたいと願いながら、最も無力と自覚しているリーベルだからこそ、救える方法の全てを兼ね備えているレヴィが立ち止まる事を許さない。
リーベルに代わってルティウスの身体を支えるゼフィラも、そしてフィデスまでもが、リーベルの剣幕に息を飲んだ。
「黙れ⋯⋯」
「黙るもんかよ!てめえがやらなきゃ、誰がルティウスを救えるってんだ!」
「私のせいで、ルティは死にかけている⋯これ以上、私に何をしろと⋯」
「ルティウスは一度でも諦めたか!?」
自身の神としての力がルティウスを死に追いやる⋯その絶望に飲まれ、諦念を抱きつつあるレヴィにとって、リーベルが放ったその言葉は何よりも深く突き刺さる。
「諦めずに立ち上がって、てめえに守らせてまで花を焼いたこいつは、生きる事を諦めてたか?」
「⋯ルティは、諦めていない⋯こんな頑固な子供が、容易く諦めるものか⋯⋯」
「だったらてめえも諦めんな!」
そして再び、リーベルの拳が飛ぶ。けれどその一撃は顔面に当たる寸前で、レヴィ自身の手によって食い止められた。
「⋯⋯お前に言われるまでもない」
対抗する声は、もう揺らいでなどいない。
投げ捨てるようにリーベルの拳を離すと、視線をルティウスへと向ける。ゼフィラの腕に凭れていた小さな身体を奪うように、だが両腕でそっと抱き上げ、皆からの距離を取った。
飛んでいては間に合わない。けれどレヴィには方法がある。水の竜神たるレヴィだからこそ扱える、水脈を辿る転移魔法。
「⋯ルティ、また魔力を借りるぞ」
水脈へ干渉する魔法は、その種類に関わらず膨大な魔力を消費する。かつて使用した際はルティウスの魔力を枯渇へと追いやった。だが今のルティウスが秘める魔力の総量は、あの時とは比べ物にならない。
意識のない少年へ一言だけ告げてから、レヴィはその場に蒼白い輝きを放つ魔法陣を生み出した。
距離を取ったのは、彼らを巻き込まないため。もしも人数が増えれば、それだけルティウスに掛かる魔力の負担も増える。
そもそもレヴィが知る聖域は、水の神とその加護を受けた者しか立ち入れないよう、強固な結界を張っていた。
「レヴィ、ボクら待ってるから!ちゃんと、帰ってきてよね!」
きっと大丈夫⋯フィデスは確信したように、レヴィを激励した。失う悲しみを知っているレヴィだからこそ、必ずルティウスを救うと信じている。
「⋯ルティウスだってやり切ったんだ、てめえもやり切れ!」
魔法陣が輝きを増し、転移魔法の発動が近いと誰もが察する。
怒り沸騰なリーベルの言葉はあまりにも粗暴で⋯ルティウスの教育に悪い⋯などと、頭の片隅で考えていた。
転移する直前に聞こえたのは、警戒のあまり殺意と敵意しか向けていなかったはずの女が放った、ルティウスとレヴィの二人を案じる、ゼフィラの柔らかな声。
「どうか⋯殿下をお願いします!レヴィ様も⋯共に帰ってきて下さい!」




