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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第十話

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0102

 目の前で、ルティウスを苦しめた呪いの花が燃えていく。

 通常の炎とは異なる、蒼い炎の輝き。それは背後にいるルティウスが奮闘した証。

 何があっても俺を守れ⋯そう告げた少年の言葉通り最後まで壁となった。予見していたのかどうかは分からないが、燃え落ちる直前、呪いの花は悪足掻きのように黒い何かを打ち出してくる。

 間髪入れずに剣を振るって、飛来する『何か』を地面へと叩き落とす。魔力によるものかと思っていたそれは、極小の物理的な塊。本体が灰になって崩れるのと呼応するように白い灰と化したそれは、確かに種子のような形をしていた。

 これが、ルティウスに呪いを植え付けた種⋯忌々しげに睨み付けるも、跡形もなく消え去り溜飲が下がる思いだった。

 ようやく解決だろう。

 やむを得なかったのだろうが、再び根源の力を使った事は、また厳しく叱る必要があるだろう。

 だが何よりも、見事にやり遂げたあの少年を労うのが先⋯そうして守れと命じた本人であるルティウスへと振り返ったレヴィの視界には、力無く倒れ伏す、守ったはずの少年の姿が映り込んだ。

「⋯⋯⋯ルティ?」

 やがて遅れて到着したリーベル達もこの場に追い付く。黒い花が消え去っている様子を見て笑みを浮かべようとするも、彼らの表情もまた凍り付いた。


 握っていた剣は、その場に投げ捨てた気がする。

 放っておいても、魔力で具現化した剣はいずれ消えるだろう。

 それよりも、どうして彼が倒れているのか、理解が追い付かない。

 呪いは絶たれたはず。彼はやり遂げたのだと⋯。

 だが彼は⋯倒れている。

 忌まわしき呪いの証である黒い茨は、今も、その白い肌に刻まれたまま⋯──。


「ルティウス!」

 追い付いたリーベルが声を張り上げ、真っ先にルティウスの元へと駆け寄った。

 レヴィは覚束ない足取りで、だが着実に歩を進めて、リーベルが抱き起こしたルティウスの元へと向かう。

「おい、どうなってんだよ!あの花が無くなってんのに、何で茨は消えてねえんだよ?」

 激昂するリーベルの声は、レヴィの内心を代弁していた。

「⋯魔力の流れは途絶えてるよ⋯呪いの同調は、無くなってるケド⋯」

 神の【眼】を発動させたフィデスが、即座に状況を見抜く。そんな【眼】が無くとも、命を削る元凶との繋がりが途絶えた事は既に分かっている。

「侵食が深まっています⋯⋯これじゃ、もう⋯」


――黙れ、それ以上を言うのは許さない⋯――


 叫んだつもりでいても、声は出なかった。

「⋯⋯そっか、水の淀み⋯」

 ようやくルティウスの傍らに辿り着いたレヴィは、ゆっくりと膝を折りその場にしゃがみ込む。

 ルティウスは未だ呪いに蝕まれている。その原因について何か思い当たる節でもあったのか、フィデスはゆっくりと語り始めた。

「あの呪いの花さ、水の淀みから生まれたっポイじゃん⋯」

 彼女は一度だけ、花があった場所を見る。既に池の水からは濁りが消え、正しい循環を取り戻そうとしているのは一目瞭然だった。

「ルティ君はさ⋯レヴィの⋯水の加護を受けてるじゃん?」

「それが何だってんだよ!はっきり言ってくれフィデスちゃん!」

 フィデスが辿り着いた推測。

 それは、レヴィに守られるルティウスだからこその、最悪。

「あの淀みから生まれた呪いの花は、水の属性だったんだ。ルティ君は、水の加護を受けてる⋯親和性が高すぎて、普通の人間よりも、侵食が早まってしまったんだ⋯⋯⋯」

 根元が絶たれているため、花を咲かす事はない。けれど養分を求める種子は悪足掻きのように根を伸ばし、ルティウスの死と共に力尽きる⋯。

 あまりにも皮肉で、あまりにも残酷な現実が、誰よりもルティウスのためを思い続けてきたレヴィの心を苛む。

「どうすれば、いい⋯⋯?」

 項垂れるレヴィが問うその声は、酷く震えていた。


 出会って間もなく、ルティウスを見守ろうと決意したその時から、出来る限りの権能を駆使して加護を与えていた。この加護があれば、何があっても最悪は免れるはずだと⋯──。

 けれどその加護そのものが、最悪を引き起こしている⋯。

 レヴィにとって、これ以上の絶望など存在しない。

 辛うじて涙が出なかったのは、涙を流すに至るという感情さえも凍り付くほどに、レヴィの心が壊れかけていたから。


「⋯⋯一つだけ、手があるかもしれません」

 この窮地において、ゼフィラはそれでも冷静に、記憶と知識を総動員して探り続けていた。

 

 気休めはやめろ⋯人間のように卑屈な感情が沸き起こる。

 水の神は、何故こんなにも不完全な竜を召し上げて神の力を与えたのか⋯。

 数千年前の出来事さえも、今となっては忌まわしい。

 

 自らの根幹さえも恨むほどの絶望に苛まれるレヴィだが、ゼフィラは静かに告げる。公女だからこそ知る、この大陸における古き歴史を。

「公国に伝承がございます。かつて、風の神が水の神に依頼して設えられた、聖域があると⋯」

 

 およそ千年前にも、こうした水の淀む事象が散見される事件があった。

 風の神の力ではどうする事も出来ない、水の淀み。

 民は困り果て、救いを求めて風の神へと祈った。

 民の祈りを受けた風の神は、同胞たる水の神へと助力を願う。

 清浄なる流れを生む、水源が欲しいと。

 風の神に頼まれた水の神は、その力を余す事なく解き放ち、風の国に神聖なる水源を生み出させた。

 渇きを潤した民は喜び、風の神に、そして水の神に感謝の祈りを捧げた。

 それは、水の神が成した、最後の偉業とされている⋯──。


「⋯殿下を蝕む呪いが水の淀みによるものならば、最も清浄なる聖域の水、その魔力でなら、殿下の呪いも浄化出来るかもしれません」

 ゼフィラが導き出した答え。それはレヴィに一縷の希望を灯そうとしている。


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