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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第九話

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「…お辛いでしょうが、殿下にお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 事態を解決したいゼフィラもまた、歓喜の涙を流したい衝動すらも堪えて気丈に対応する。知識の擦り合わせを行っていた彼女にとって、ルティウスの目覚めは最大の好機でもあった。

「うん……大丈夫…」

 弱々しいが、はっきりと返す。その声を聞いて、ゼフィラはあらゆる可能性を探るべく彼に問う。

「殿下は今、淀みが生んだ呪いに侵されております。今、ご自身がどういった感覚にあるか、お分かりになりますか?」

 問われてから、ゆっくりと自分の中にある苦痛について意識を向ける。そして感じた事を、そのまま伝えていった。

「なんか、ね……身体の奥で、暴れ回ってる、感じ……気を、抜いたら…全部、持ってかれそう…な……」

「何かが居る、という感覚は、ありますか?」

「……ある」

 ぼんやりとした回答だったが、けれど明確な肯定が示される。

 ただの呪いという形のないものではなく、何かがルティウスの内側を荒らしている。それが分かっただけでも、ゼフィラにとっては大きな収穫だった。

「…公国の禁書庫で、閲覧した事がございます。人に寄生し、宿主の魔力を養分として苗床とする、呪いの花…」

「あっ!それならボクも知ってる!なんならボクらが生まれるよりも前からある呪いの花だよ、ソレ!」

 フィデスが推測を立てられたのも、知識として辛うじて知っているからだった。

「でもあれって…解呪には……」

 そしてフィデスとゼフィラの知識が一致した時、二人は揃って沈黙してしまう。

 解呪の方法は、人間が行うにはあまりにも酷なものだったから。

「お二人さん!急に黙り込んじまってどうしたんだ?そこまでコイツの正体が分かってんなら、解呪の方法ももう分かるんだろ?」

「「…………」」

 公国に於いて、この呪いの花にまつわる資料が禁書として封じられている理由…解呪の実質的な不可能が示されたものであるからこそ、悪意ある人間に知られるのを阻むべく禁書として扱われていた。

「方法は、一つだけ…ございます。ですが………」

 ルティウスを救う方法がある…その一言が、レヴィに意思を取り戻させる。

「…言え。その解呪方法を」

 底冷えするほどに低い声で発せられた、有無を言わさぬ命令。ゼフィラはおろか、リーベルや彼を知っているフィデスでさえも戦慄するほどに、切実な響きを持って告げられていた。

「……あの呪いの花が放った閃光は、言わば花の種子。殿下はそれを植え付けられた状態にあります。断ち切る方法はただ一つ。宿主自身が、親である元の花を焼く事です」

 解呪方法を言い淀んだ理由はそこにあった。

 これほどまでに衰弱したルティウス自身が、死の呪いを撒き散らす黒い花の前に立ち、その花を焼き尽くす事。普通の人間には不可能であり、実質的な解呪は不可能とされている。

「それは…ルティにまた、一人であの場所に戻れと言っているのか?」

「そう……なります………」

「無茶に決まってんだろ!こんな状態のルティウスに、火炎魔法使えって事だろ?」

 レヴィだけではなく、リーベルも難色を示す。普通に話す事すら出来ていない少年を、死地に追い遣るようなものだ。保護者たる二人が、納得するはずもなかった。

「だから、ボクもゼフィラちゃんも、何も言えなかったんだよぉ!」

 分かっていた。

 どれだけ残酷な事をさせなければいけないのかと。

 そして残されている時間が、無限ではない事も二人は知っている。

「…ッ、他に方法は無いのか!」

「あったら言ってるに決まってんじゃん!」

 レヴィがフィデスへと怒鳴り付けて問うが、他に方法は無い。

 何も出来ない…その無力が、竜神達を、叔父を、そして公女を沈黙させてしまう。

 

 けれど静かに、ルティウス本人だけが、既に覚悟を決めていた。


「…いい、俺が…やる…」

 リーベルの腕に凭れて横たわっていた身体に、ゆっくりと力を込める。全身を蝕む茨の刻印が動く度にじりじりとした痛みを放つ。苦痛に顔を歪めてでも、ルティウスは自力で起き上がった。

「ルティ、本気で言っているのか?」

 咄嗟に腕を伸ばしてふらつく身体を支えたレヴィが、ルティウスへと問い掛ける。

「冗談で、そんな無謀な事、言わないよ…」

 誰もが分かっている。無茶だと。

 けれどルティウスだけは、確信を持っている。まともに動けない自分が、呪いの花を焼く炎を放つ…それは、自分一人だけでは絶対に無理だ。


 でも、一人じゃないなら、出来る。

 そんな確信がある。


「レヴィ…頼み、あるんだけど…」

「…ルティ?」

「俺を、守って…」

 いつだってすぐそばで守ってくれる頼もしい竜神。彼の守護があるなら、きっと魔法を撃てる。

 苦痛に震える手がレヴィの白いローブを掴み、だが蒼い瞳は揺らぐ事なく、真っ直ぐにレヴィを見上げていた。


 否と言えるはずが無い。

 あれだけ何もかもを一人で抱え込もうとする少年が、ここまで本気で頼ってくる。それを無下にするなど、レヴィに出来るはずも無い。

 苦渋の決断だった。けれどもうレヴィに、迷いは無かった。

「ゼフィラ、フィデス。この呪いがルティを喰い尽くすまでの残り時間は?」

 時間に猶予があるなら、一度休ませたいと思っていた。けれど時間が無いのなら、すぐにでも向かうべきだと考えている。

「普通の人間の場合ですが…おおよそ数時間で、魔力の全てが養分となり、肉体から花を咲かせると記述がありました…」

「ボクが知ってるのもそのくらい!ルティ君の魔力量ならもうちょっと長くもつと思うけど…確証はないよ」

 呆けていた間の事はあまり覚えていない。だがあの忌まわしい閃光に貫かれてから、既に一時間以上の時は経過している。その証拠に首元から見える茨の紋様は、先ほどまでよりも広く根を伸ばし浸食の範囲を広げていた。

「すぐに、行けるか?」

「誰、に…言ってん、だよ…」

 額に汗を滲ませながらも、ルティウスは笑う。強がりだと分かってしまうが、その笑顔はレヴィの心に静かな火を灯している。

 隣に立つレヴィの手を借りて、ルティウスも自分の力で立ち上がる。ここで立てなければ、あの花の前になど辿り着けないのだから。

 絶望の中に咲いた、ルティウスという光の花。その心の強さは、この場にいる誰もが認めるもの。どれほど幼く脆弱に思えても、その芯が折れる事などない。彼の隣に立つ、水の竜神という添え木があるのだから。



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