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竜と神のヴェスティギア  作者: 絢乃
第二話

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「どうしたんだ?」

「この先に人の気配がある」

 告げられた一言を機に、腰の剣へ手を掛ける。ここはまだ人の寄り付かない森の中。そこに人の気配がある事の方が不自然である。野盗の類という可能性もあるため、警戒は怠れない。

「…何人かわかる?」

「一人だな」

「複数じゃないなら、野盗ではないか…?」

「さぁな……」

 たとえ相手が単独であっても、もし手練であれば危険な事に変わりは無い。剣に手を添えたままレヴィの前に立ち、奇襲に備えながらも気配のある方向へとゆっくり進んで行く。

 やがて鬱蒼とした森の視界が開け、木々が無い場所へと辿り着く。その先に見えたのは、一軒の小さな家と思しき建物だった。

「もしかして、気配はあそこから…?」

「ああ」

 遠くから建物を観察してみるが、一見するとどこにも不自然な部分はない。たまたまこの森で暮らしている人間が居ただけという事だろうか。

 しかしどこの都市とも近いわけではないこの場所での生活は不便ではないのだろうかと、皇族育ちのルティウスは脳内に疑問符が浮かび続けている。

 足音を立てないよう静かに建物へと近付いていき、扉の前に立つ。中に居るだろう気配の主が悪人ではない事を願いながら、ルティウスはそっと扉をノックした。

「………は~い」

 扉の向こうからは、おそらく女性であろう人の声が聞こえた。こんな場所に女性が暮らしている事が信じられない第三皇子は、思わず一歩後退ってしまう。

「お待たせしました~!えっと、どちら様で?」

 開け放たれた扉から顔を覗かせたのは、ルティウスよりも背の低い女性。金に近い茶髪が背中まで伸びており、緋色の瞳が印象的な少女と言うべき風貌の人物だった。

「あ、えっと…俺達は旅の者で…森を歩いていたらこの家?を見つけて……誰か居るのかと立ち寄らせてもらったんだ」

「ほぁ~、旅の人ねぇ?こんな、なぁんにも無い森を通る人がいるんだねぇ」

 もしや彼女に素性を怪しまれているのだろうか。

 確かに、森の中を通る旅人はそう居ないと、騎士団の面々からも聞いた事がある。仮にグラディオスからベラニスへ向かうのだとしたら、街道が整備されていたはずだ。まるで身を潜めるように森を通るなど、不審に思われても仕方ない。だが不審なのは彼女も同じ。人里離れた森の中に住んでいるなど、何かあるようにしか思えなかった。

「…少し、訳ありで」

「ふ~ん…」

 自身が帝国の皇子である事は不用意に知らせない方がいいと考え、ルティウスは森を通っている理由をはぐらかした。実際はレヴィに任せていたら森を突っ切っていただけではあるが、それを伝えればレヴィの素性を明かす必要が出てくるかもしれない。

「ま、いいや。ねえ、キミ達ってさ、もしかして腕利き?」

 唐突に尋ねられて、首を傾げる。どう答えるべきか思案していると、少女の視線が腰の剣へと向けられている事に気付いた。戦闘能力の有無を問われているのだろうか。

「腕利きかどうかはわからないが…その辺りの魔物くらいなら戦えるかと」

 またも誤魔化して返答してみるが、少女は腕を組み考え込む素振りを見せた。何か厄介事を頼まれでもするのだろうか。

 本当は寄り道をするつもりは無かった。先を急ぎたい旅の途中と思っているルティウスは、早々にこの家を訪ねた事を後悔し始めていた。

「ボクね、この近くにある、とある場所の調査に行きたいんだけど、その護衛を頼めないかな?」

「護衛?」

「あ、もちろん報酬は出すよ!この家に泊まってもらっていいし!お金はそんなに無いけど…どうかな?」

 ちらりと空に視線を向ける。木々が少なく開けている場所のため、もう数刻もせずに夕暮れ時である事はわかった。野宿などした事がないルティウスとしては、泊めてもらえるのは有難い。

「……護衛、引き受けてもいいかな?」

「私は構わない」

 隣に立つレヴィへ確認すると、二つ返事で快諾される。二人のやり取りを見ていた少女は嬉しそうに笑って喜びを露わにした。

「やった!助かるよ~、本当にありがとう!」

「こちらこそ、泊めてもらえるのは助かるよ」

 契約成立の意味も込めて、ルティウスが右手を差し出す。意図に気付いた少女がその手を軽く握り返し微笑んだ後、家の中へ二人を招き入れる。

「とりあえず入って!調査は明日にしようと思うからさ。今夜はゆっくりしてってよ」

「それじゃ……お邪魔します」

 足を踏み入れた家の中は、最低限の家具だけが揃えられた質素な内装だった。女性が暮らすにはどこか味気なさが感じられるも、趣味趣向は人それぞれだろうと勝手に納得した。

 案内された部屋の中央にはソファと低めのテーブルがあり、二人は並んで座る。テーブルを挟んだ対面に、家主である少女も腰を下ろした。

「そういやまだ名乗ってなかったね。ボクはフィデスだよ。二人は?」

「俺は、ルティだ。隣はレヴィ。改めてよろしく」

「ルティに……レヴィ、かぁ」

 フィデスという名を聞いた直後、隣に座るレヴィが纏う空気の変化を感じた。同じようにフィデスもまた、レヴィの名を伝えた直後、僅かにだが目付きが変わったような気がする。

 まさか知り合いなのかと考えてみるが、思考を遮るようにフィデスが元の快活な雰囲気に戻り話し始めた。

「えっと、ルティは剣を持ってる……って事は、剣士?」

「あ、うん。剣を使うけど多少は魔法も……」

「そっちのレヴィは、武器が無いから魔道士とか?」

「う、うん…魔法、かな……?」

 おそらく護衛の際の布陣の話になっているのだろう。ルティウスはある程度正直に答えてしまっても特に問題は無いが、レヴィの事はどう伝えるべきか判断が出来ない。人の魔力を吸って魔法を使うのだと知られたら面倒な事になりそうだと、直感が叫んでいる。

 はっきり言えずに戸惑うルティウスの様子を横目で観察していたレヴィが、すかさず助け舟を出した。

「……魔法は使える。が、事情があって今は補助程度にしか使えん。戦闘になれば、ルティが主に前へ出ている」

 最初から訳ありと伝えていたからか、フィデスは特に怪しむでもなくレヴィの説明を受け入れ、了解!と明るく返した。

 その後、一度席を立ったフィデスが部屋から出て行き、戻ってきた彼女の手には三人分のカップと、大きめのポットが乗せられたトレーがあった。

「お茶も出さずにゴメンね。人が来る事なんてまず無いから、忘れちゃうんだよね~」

 そう言いながらも慣れた手つきでポットを取り扱うフィデスは、手を動かしながら質問を口にしていく。

「二人は、どこか向かう途中?」

「あぁ、ベラニスへ向かってるんだ」

「ベラニスかぁ、しばらく行ってないなぁ」

「ここに住んでもう長いのか?」

「いや、実はそうでもないんだぁ」

 曰く、フィデスは例の護衛が必要な場所の調査のためだけにこの場所に住んでいるのだという。普段は違う所で暮らしているが、今はたまたま調査のためにこの家へ滞在していたとの事。

 見た目はまだ少女としか思えないが、自分より歳上なのだろうかと考え、態度を改めるべきか悩み初めてしまう。

 そんなルティウスの悩みなど気にせずに、フィデスは変わらぬ朗らかな口調で話し続けている。特に気分を害した様子も見られないため、指摘されるまではこのままで良いかと結論付けた。

「ところでね、泊まっても良いよとは言ったものの…見た通りそんなに大きな家じゃないから、部屋は多くなくてね?二人は同室でも構わないかな?」

「あ、うん。それは構わないけど…」

 既にレヴィの膝枕で眠った経験もある。部屋が同じであっても何ら問題は無いが、男二人へ何故それを問うのかが気になった。

「良かったぁ。ルティみたいな可愛い子が一緒だとさ、そっちのお兄さんが構うんじゃないかと思ってね?」

「…………ん?」

 フィデスの物言いに、何かを大きな勘違いされているのだと気付く。これは幼い頃から何度もあった事だ。不本意ながら日常茶飯事で、もはや溜息しか出なくなるが。

「あの……俺の事をどういう風に見てる?」

「え、可愛い子?」

 間髪入れずに返ってきた一言に、思わず項垂れる。経験上予想は出来ていたが、まだ希望はある。

 彼女が勘違いをしているかどうかを確かめるため、核心に触れる質問を選んだ…が、それがそもそもの間違いだと知るのはこの後だった。

「じゃあさ…『俺達』の事はどんな間柄だと……」

「え、恋人とか?」

「こっ……?いや、違うから!俺も男だから!」

「その顔で?」

「この顔でも!っていうか声でわかれよ!」

 やはり女性と間違われていた事に脱力する。隣ではレヴィが笑いを堪えているのがわかって、視線を向けないまま拳をトンと突き当てた。

 一人称が俺であっても、男だと見られない事が多々ある。母に似ていると言われがちではあったが、そこまでなのか?と再認識してしまう出来事となった。

「いやぁごめんね?本当に、ルティ『君』の事、随分と可愛い美少女剣士だなぁって思ってたよ」

 フィデスが取って付けたように『君』呼びを始めたけれど、そう呼ぶ事に違和感を覚えている事は、わざわざ語調を強められたせいでルティウスに伝わっている。渾身の溜息が自然と零れていた。

「まぁ……慣れてるからいいんだけどさ。とりあえず、部屋が一緒でも問題ない事は理解してもらえただろうか?」

「承知だよ。それにしても……うん、綺麗な顔立ちだよね?何だか羨ましいくらいだよ」

「俺は嬉しくないけどな……」

「レヴィ……だっけ?そちらのお兄さんも、こんなに可愛い子と一緒だと気が気じゃないでしょう?」

「……ルティは私のものだからお前にも渡さない」

「意味深な発言はやめてくれ……」

「あっはははは、仲良しだねぇ」

 ひたすらに揶揄われ、遊ばれた談笑の時間だった。レヴィもどんどん悪ノリしていき、カップの中身が無くなる頃にはルティウスだけが精神的な疲労困憊となり、項垂れていたのは言うまでもない。



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