0010
「え……水の、竜……?」
こうして意図せず、レヴィの正体が明らかとなった。
グラディオス帝国に住まう人間なら誰もが知っている、水神と並ぶ水の加護を与えし者、竜神。あくまでも信仰の対象であり、実在しているとは誰も思った事のない超常の存在。それが目の前で地面に座り、人のように笑ったり頭を撫でてきたりするのだから、驚かない方がおかしいと言うもの。
「神の一柱、って事だよな…?」
「人からすれば、そうなるのだろうな」
正体を知ればある程度は状況に納得が出来た。彼の頭に生えている蒼色の角も竜である証。そしてこれは一般的には知られていないが、グラディオスが祀る神の一柱は、人の立ち入れない場所に封じられているという伝承が残されている。そこに至った経緯については秘匿されているのか、一切の史料が存在していなかったけれど。
「うわぁ……俺、神様と話してる……」
本来なら伏して礼を尽くすべきかもしれない。だが目の前にいるレヴィは、そうした慇懃な態度を好まないような気がする。接し方に悩みつつも、ルティウスはそのままの自分で応じる事に決めた。
「今の時代では、神と会うのは珍しい事なのか?」
不思議そうに小首を傾げて問うレヴィに、思わず笑いが込み上げる。神とはいえ今の姿は自分より歳上の、普通の男性そのもの。それが首を傾けているのだから、可笑しくて仕方ない。
「何か面白い事でも言ったか?」
しかも自覚が無いときた。さらに笑いが止まらなくなる。
「レヴィの、方が……ふふっ……俺より随分、可愛い反応なんだけど…」
レヴィに対して抱いた感情は、畏怖や恐怖の念ではなく『可愛い』だった。帝国内でそんな気持ちを抱いた事実を吐露してしまえば、過激な信仰者達から断罪でもされかねない。しかし今ここには、二人しか居ないので心配する必要も無い。
一頻り笑い終えてようやく落ち着いたルティウスは、改めてレヴィへ問う。
「ふぅ……えっと、今の時代って事は、レヴィはかなり昔に封印されて、封印される前まではよく人間と関わってたって事か?」
「概ね正解だ」
「どうして封印なんてされたんだ?」
「………………」
その質問から、レヴィが纏う雰囲気に変化が生じる。訊いてはいけない部分に触れてしまっただろうか。
「あ、答えられないなら別にいいよ。無理に聞き出そうとは思ってないから」
「……すまないな」
遥かな昔から存在している神の一柱なのだから、人間の尺度では図り切れない多くの辛苦を経験していて当然だ。全てを知る必要は無く、知りたくなったとしてもいずれレヴィから話してくれるまで待とう…そう心に決めて、ルティウスは話を切り替えていく。
「一つだけ訊きたいんだけど、俺は……この場所から出る事は出来るのか?」
「来れたのだから可能だろう?」
「俺の力で辿り着いた訳じゃないからな…そもそも、ここがどこなのかも知らないし」
「どうやってここへ?」
「転送魔法らしい。水脈を伝わらせる禁術って……まあ、昔は禁術でも何でも無かったかもしれないけど…」
「…………」
ルティウスの返答を受けてから、レヴィはしばし考え込む素振りを見せた。アミクスが使用した転送魔法は、確かにルティウスの記憶には無いものだった。ヴェリター家の魔道士から聞いた事も無ければ、古い魔法書や文献でも見た事がない魔法。どうして禁術に指定されてしまったのかも不明だが、レヴィの反応を見るに心当たりはありそうに思えた。
「何か知ってる?」
「……おそらくな」
「俺が知っても大丈夫なものなら、知りたいんだけど……」
「…………ルティならば問題無いだろうな」
伝えるかどうか思案した末に、レヴィは魔法について教える事を決めた。
欲深い人間に知られれば甚大な被害を齎す可能性もあるが、ルティウスにそうした醜い欲があるようには思えない。出会って間もないが、何故か確信が持てていた。
「私が知るものと同じならば、その魔法は昔から禁術だ。水脈に直接干渉する力は、悪用すればこの世に流れる全ての水を汚染させる事も可能。転送魔法に応用すれば、水脈が伝う場所なら世界のどこへでも万物を移動させる事が出来る…」
発動させたのが何者かは知らないが、この時代にも伝わっていた事に驚く。あの魔法を教えたのは、心から信用のおける極僅かな人間だけ。途絶えていてもおかしくないはずだが、現代でも禁術として指定され残り続けていた事に微かな喜びを覚える。
「それが禁術になった理由か……水脈に干渉なんて…もし失敗でもして暴走したら、術者もろとも…なんて事も有り得そうだな」
危険性を理解している様子のルティウスに、レヴィは安堵する。この少年はやはり穢れのない素直な心を持っている、そう思えた。
しかし直ぐに、ルティウスは表情を曇らせ俯いた。危険を知る事で、その魔法を行使したアミクスの安否が尚更分からなくなってしまったからだ。
「どうかしたのか?」
「その禁術を使って俺をここに飛ばしたのは、俺の友達なんだ……」
「ああ、それで……」
レヴィも事情を察する。そして確かめるように地面に手を触れ、大地の奥底に拡がる水脈へと干渉していく。ほんの少しの情報を得られれば、ルティウスの不安も解消されるだろう。
「……レヴィ?」
「…………水脈が揺らいだのは確かだが、それはルティが転送されたためだろう。けれど暴発や力の逆流を招いた痕跡は感じられない。魔法は正しく発動していた。間違いなく術者も無事だ」
水脈に残る魔力の揺らぎを辿り、感じ取れた結果を淡々と告げていく。ただそれだけで心からの安堵を見せ脱力するルティウスは、そのまま仰向けに倒れていった。




