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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

地を歩く鳥たち

作者: 江川オルカ

 営業とは足で稼ぐ。


 なんて言葉がある。ふと思い出されたその言葉は心臓を針で刺したような痛みを走らせる。水野みずの将春まさはるは足を止め、赤く染まる海に視線を向けた。


 時刻は17時。将春はやるせなさに大きく溜息を漏らした。

 三流大学を出て簡単に見つかった会社で営業職として働き始めてはや数ヶ月。もうやる気がなくなっていた。

 学生時代は良かった。まっすぐな性格は家族にも友達にも教師達にも好印象だった。だが、働くとなれば違う。嘘も必要だと言うことを知ってしまった。


「はぁ……」


 加えて、潮の香りは将春の気分を昇降させる。

 幼い頃、海に落ちて溺れたことがあった。その時、死を覚悟した。だが、ある人物に助けられ今に至る。五体満足でいられるのも、その人のおかげだ。


 将春は道路沿いに並ぶ建物に視線を向けた。オンボロの商店が立ち並ぶ中に、異質とも呼べる白くて四角い真新しい建物がぽつんと立っている。壁には「喫茶店」の三文字が掲げられ、ドアの窓には「open」と書かれた板がぶら下がっている。

 将春は普段は喫茶店に入るような男ではない。しかし、将春の足は自然とその店に向かっていた。


 古い木で出来たドアが悲鳴を上げて開く。

 店内は非常にこざっぱりしていた。薄緑色の壁に白木の床板、テーブルや椅子までも白い。

 と、ここまでは小洒落た喫茶店だと思う程度だったが、将春はすぐにこの店の違和感に気づいた。全ての家具が通常より低く設計され、通路が人二人分、いや三人分かと思われるほど幅が広いのだ。


 ふと、カラカラと車輪が回る音が聞こえた。将春はやってきた人物を見てハッと息を飲んだ。

 幼い頃に助けてくれた青年、いや、今はもう中年に差し掛かった男が車椅子を器用に動かしやってきた。

 あれから15年は経っているというのに、男の見目は若々しくあの頃のままのように見受けられる。


「いらっしゃい」


 甘く溶けるような低い声と視線が向けられ、それだけで将春の足からは力が抜け、腰を抜かし床に尻餅をついた。


「あははっ、どうしたんだい? 変なお客さんだね」


 将春の動転ぶりに男はカラカラと笑い、慣れた手つきで車椅子を動かしながら近づいてきた。

 将春はつい、名を紡いでしまった。


「砂山さん」


 将春が名を呼ぶと、男・砂山すなやまとおるはぴたりと動きを止めた。頭だけがゆっくりと動き、冷たく、優しさのかけらもない視線が将春を射抜く。

 

 砂山徹という男は一時メディアを騒がせるほどのスポーツマンだった。当時は、『棒高跳びの貴公子現る』『鳥人間は本当にいた』『オリンピックで金メダルも夢ではないかも』と、皆が砂山に夢を見た。

 しかしある日、砂山は交通事故に会い、脚が動かなくなってしまった。もちろん、棒高跳びは出来なくなり、砂山の話題は消えた。


「飛べない鳥だって笑いにきたの?」

「え……」

「よくいるんだよねえ。昔の僕を知ってる人が、からかいに来るの」


 表情とは裏腹に、声には怒気が含まれている。将春は慌てて立ち上がった。


「ちが、ちがいます!」

「じゃあ、どうして僕の名前を?」


 砂山の表情は更に険しくなった。将春の拳にじわっと汗が滲む。


「俺、15年前に海で助けていただいた子どもです」


 砂山の目が大きく見開かれた。


「あの時、俺はあなたのこと知らなかった。なのに、周りの連中は色めきだってて。砂山さんは逃げるように俺のこと置いて走ってっちゃって」


 言いたいことが止まらない。


「ありがとうございました。俺がこうしてられるの、砂山さんのおかげなんです」


 飾り気のない言葉に砂山は目をぱちくりさせ、やがて俯いてしまった。


「まいったね。君みたいなまっすぐな子、久しぶりに会った」


 額を押さえ、砂山はどこか照れたような笑みを浮かべて頭を振った。

 その所作すら、美しい。将春の鼓動が高まる。


「奇跡のような再会だね。良ければごちそうするよ。もう閉店時間だから大したものは用意できないけど、クッキーと……あ、ショコラもあるよ。あとは……」

「すき……」

「あぁ、よかった。じゃあ、ショコラと……」

「砂山さんが、好き」


 キーンと耳鳴りがした。時が止まったのかと思うほど、互いの呼吸すら聞こえなくなった。


「え?」

「あ、いや。す、すんません。俺っ、……! いってえっ」


 戸惑ったような砂山の声に、将春はようやく正気を取り戻した。顔が燃えているのかと思うほど熱い。将春は後退りながら立ち上がるとドアに頭をぶつけた。頭を押さえながらまたしゃがむ。


――なんだこれ。すっごい格好悪い。


「ふふっ、可愛いね。キミは」


 将春は頭を押さえながら顔を上げた。砂山はお腹を押さえて笑っていた。


「ごめんごめん。とりあえず落ち着いてどこか座らない? 立ったり座ったりしていたら危ないよ」

「えあ……、は、はい」


 そう言うと砂山は片手でくるりと方向転換して両手で車椅子のタイヤを動かしながらカウンターの中へと消えて行った。


 その日、将春は砂山のもてなしを受け、温かなコーヒーとほろりと甘いショコラをいただいた。


 それからと言うもの、将春は営業の帰りに隙を見つけては砂山の元へ訪れるようになった。始めこそよそよそしかったが、徐々に互いのことがわかってきて気兼ねない話ができるようにまでなった。しかし、将春の恋心が砂山に伝わることはなかった。


「あれ? 美味しくない?」


 閉店後、試作品があるからと出されたケーキとお気に入りのブレンドコーヒーを前に固まっていた将春に、砂山は顔を覗き込んで首を傾げた。


「っぁ、い、いや……うまっ、おいしい……です」

「水野くんが好きそうな感じにしたつもりだったけど。……はぁ。僕はまだキミのこと理解できていないね」

「そんなことっ」

「いいんだよ」


 眉尻を下げ、諦めにも似た笑顔を向ける砂山に将春は立ち上がって首を振った。


「違う! 砂山さんのはどれもこれも美味しい。砂山さんの優しさが出てて、甘くても、少し苦いのも全部」


 溢れる言葉がまた止まらない。

 わなわなと震える将春を砂山は黙って見上げていた。やがて、将春が一息つくと砂山は手を伸ばし、将春の手を優しく握った。


「ありがと」


 それはこっちの台詞だ、と将春は思った。

 砂山に会ってから、将春は変わった。ここに来るために仕事を早く終わらせるようになったし、少しでも成果を上げて砂山に褒められようと努力した。

 砂山の存在が再び将春を助けたのだ。


 将春は手のひらを返して砂山の手を握り、視線を合わせるように片膝をついた。


「俺、砂山さんが好きなんだよ」

「僕も水野くんのこと好きだよ?」


 伝わらない。砂山の発する好意は誰にでも向けられるようなものに感じた。

 悔しい。悔しくて、将春の目から涙が溢れてきた。

 砂山の目が見開かれ、すぐに細められた。砂山は将春の手を握り返し、引き寄せると自分の頬に当てて来た。手の甲からひやっと冷たい感覚が伝わる。


「はっきり言ってあげようか。……地を歩く鳥でなければ今すぐここでキミを食べたい」

「……え」

「キミが来るたびに思う。五体満足で会えていたらよかったのにって」


 普段の柔和な様子は形を顰め、代わりに獰猛な視線が将春を射抜く。それは嘗て見せた空を飛ぶ前の砂山の目と同じだった。

 大袈裟なほど大きな音で将春の喉が鳴った。


「水野くんのこと、好きだよ」



end...


お題:BLで、年齢差、海、鳥


 リクエスト小説・第三弾。

 普段は冗長な書き方ばかりしてしまうので、短く、それでいて起承転結がしっかりしたものを書けるようになりたいと思い、練習させていただきました。ほんっとーにありがとうございます。


 もし奇特な方がいらっしゃいましたら是非リクエストください。いつでもお待ちしております。


もし、リクエストしたるで! と言う方がいらっしゃればコメント欄に以下のことをお願いいたします。~3000文字の超短編を書きます。めっっっちゃ喜んで書きます。何個でもやります(と言っても10個が限界か?)

・NL、BL、恋愛なしのいずれかひとつ

・3つのお題(上記参照してください)


 さて、今回のお話ですが、お題をいただいた時に「やったぜ! おっさん書こう!」と息巻いて書き始めました。けど、キレイ系おっさん、というかおっさんか? と言うものになってしまいました。

 年の差的には22歳×35歳でさいっこーに年の差なんですが、らしく書けたかな。不安だな笑


 以前、フォロワーさんに「闇属性のBL」と言われて「光属性BL」だって書けるんじゃないか、と思って今回は光にしました。ね、光BLになったよね?(圧)

 まぁ、闇だって言われるのは十中八九「ユキトハレ」のせいですよ。なんだよ、あの小説。


 長くなりましたが、今回はここまでで。

 ここまでお読みいただきありがとうございました!

 懲りずに他作品も読んでいただけると大変喜びます。BLもNLもあります。



2025.8.22 江川オルカ

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