第3話:神、くしゃみで雷を落とす(誤解)
俺は今、井戸の底で膝を抱えている。
別に落ち込んでるわけじゃない。むしろ快適だ。
人目に触れず、ひんやりとした石壁と冷たい水……最高の隠れ家だ。
ただ、最近は少し困っている。
どうも村人たちの【信仰心】が日増しに膨らんでいるのだ。
【被認識率:約3.8%】
これが地味に上がってるのがヤバい。
昨日なんて、村の子供が井戸を覗き込んで「なんか、影が見えた!」って叫んでた。
……それ、俺の足だ。
まあでも、今日は特に何も起こらないだろう――そう思っていた。
「……っくしょい!」
思い切りくしゃみをした瞬間、井戸の外から声がした。
「……え? 今、誰かくしゃみした?」
「このあたりに人なんていないはずじゃ……」
畑で芋を掘っていたおばちゃんと、その隣の青年が、首をかしげながら辺りを見回している。
当然、俺の姿は見えない。
でも――声だけは聞こえるらしい。
……これ、地味に怖くない? ホラー現象だぞ。
その時だった。
【状態変化:空気振動】
【触媒:NULL存在】
【周囲現象:雷雲発生】
(……は?)
ドゴォォォンッ!!
稲光と共に、遠くの大木に雷が直撃した。
同時に、空から雨が降り出す。
「ひぃぃぃっ!!」
「こ、これは……神の怒りか、加護か……!」
畑のおばちゃんが、十字を切るような謎ポーズで空を拝み始めた。
青年は震える手で頭を下げる。
(いやいや、俺くしゃみしただけなんだって!)
◆
村の中央広場には、数時間後にはもう人だかりができていた。
もちろん俺は井戸から覗き見だ。
そこには、初めて見る人物がいた。
背筋をピンと伸ばし、白い髭をたくわえ、杖を手にした老人――村の年長者らしい。
「……やはり、伝承は本当であったか」
落ち着いた声で、老人は周囲を見渡す。
そして井戸の方へ歩み寄り、厳かに語り出した。
「この村には古くから伝わる言い伝えがある。
『姿なき神は、天より雷を降ろし、地を清める』――と」
(いやいや、そんな伝承ねーよ! 今作っただろ!?)
「本日、その神は確かにお怒りになられた……いや、我らを試されたのだ」
(いやいや、なにを試す必要があるんだよ!?)
村人たちは一斉にうなずく。
中には涙ぐんでいる者までいる。
そして老人は、さらにとんでもないことを言い出した。
「この聖地“定義外の泉”を中心に、我らは新たな祈りの儀式を始める。
神よ、これからも我らを見守りたまえ……!」
「おおおおお!!」
歓声と拍手が巻き起こる。
中には俺に向かって野菜やパンを供える者までいた。
ありがたいけど、俺は井戸の底から手を伸ばして回収する勇気はない。
【新称号:雷を呼ぶ神】
【信仰心:村人の間で急上昇中】
【被認識率:約6.1%】
うわ、また上がった……!
もうじき10%いきそうじゃないか。
(マジでやばい、これ……)
俺はただの存在エラーで、レベルもマイナス1のまま。
それなのに、気づけば村人たちは俺を“天候を操る神”として本気で信じ始めている。
この流れ、どう考えても――
俺の望んだ「静かな生活」から、一番遠い方向に進んでるよな?
この時の俺はまだ知らなかった。
この誤解が、村だけでなく周辺の街や領主を巻き込む大事件の、ほんの序章にすぎなかったことを……。
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