第2話:誤解は勝手に育つものです。いやマジで
俺は今、とある村の井戸の中に隠れている。
……いや、誤解しないでほしい。別に怪しい目的があるわけじゃない。俺はただ、目立ちたくないだけだ。
なにせ、“存在してない”んだ。レベルマイナス1、ステータス画面はNULL、認識不能のバグキャラ。
いわば世界の幽霊みたいなもんだ。
【ステータス:ERROR】
【存在状態:NULL】
【影響範囲:非干渉】
【被認識率:約0.2%】
被認識率、0.2パーって何だよ……。
(人目につかずに静かに暮らす、それだけのことなのに……どうしてこうなった)
きっかけは、昨日のこと。
◆
俺は森の中でひっそり生活していた。木の実を拾い、水辺で魚をとり、バグの利点(誰にも見つからない)を活かして、野生動物にも気づかれず、割と安定した生活だった。
だがある日、森の奥で誰かの悲鳴が聞こえた。
「きゃああああっ!」
(うわ……関わりたくねぇ)
そう思ってスルーしようとしたが、つい覗いてしまった。つい、な。
そこでは、盗賊っぽい奴らに追い詰められている少女と、護衛らしき若者がいた。
「マリア様を離せッ! この卑怯者め!」
「チッ、貴族のガキが吠えてんじゃねぇ!」
どうやら、どこぞの貴族の娘と従者らしい。護衛は頑張ってるが、多勢に無勢ってやつだ。
で、俺はどうしたかというと――
木の陰から石を投げた。
バシィッ!!
「ぐあっ!? な、なんだ……今の!?」
「後ろから……誰かいるのか!?」
(あ、やべ。思ったより当たった)
ちなみに俺、存在が認識されないんで、ステルス性能MAXだ。どんな狙撃も必中、気づかれずに逃走可能。
で、石をもう2~3発ぶつけたら、盗賊たちは「やべぇ何かいる!」「呪われた森だぁぁ!!」と叫んで逃げていった。
俺は何もしてない。ただ石を投げただけだ。
……なのに。
「神の御加護……!」
少女が、涙ぐみながら天を仰いだ。
(いや、違うって。俺、神じゃないし。むしろバグだし)
でも彼女は、護衛と一緒に言った。
「きっと神が、私たちを救ってくれたのです!」
「はい、マリア様……この森は神聖な地に違いありません」
――いや、もう、ほんとやめて。恥ずかしいから。
◆
で、話はここからだ。
その少女マリアが、助けてくれた「神」に感謝するため、村に祭壇を建てるとか言い出した。
「“見えざる存在”に、祈りを捧げなければ」
おい待て。俺がちょっと石投げただけで、なんで祭られる流れになってんの?
しかも翌日には――
「この村に、神が舞い降りたと聞きました!」
「お告げがあったと、マリア様が!」
「神は、見えざる姿で人々を導く……“定義外の存在”!」
そのワードやめて! それ俺のエラーメッセージだから!!
で、俺は今、井戸の中に避難している。
人目を避けて、静かに生きたい――
ただ、それだけだったのに。
◆
「……ふぅ。水、冷たくて助かるわ……」
井戸の底、ひんやりしていて快適なんだよな。飲み水にもなるし。
俺がその井戸水で顔を洗ったときだった。
【状態変化:水質検知】
【触媒:NULL存在】
【井戸水が浄化されました】
【村の“神聖度”が上昇しました】
……今、何かすごいことが起こった気がするんだが。
……って、ちょっと待って。
“触媒:NULL存在”って……それ俺じゃん?
なんでバグキャラが水質改善してんだよ。エコか。神か。バグか。
そして――
「この井戸が……神が現れた聖地です!」
村人たちが、なぜか列をなして井戸に集まっていた。
「見てください! この水、昨日まで濁っていたのに……!」
「飲めるようになっておる! まさに神の奇跡じゃ!」
やばい。やばいやばい。
マジで俺、神格化されてきてる。
「これより、この聖地を“定義外の泉”と名付けよう!」
頼むからそのネーミングやめろ。俺のエラーログから取るな。
◆
静かに暮らすつもりが、いつの間にか“神の奇跡”とやらで村が盛り上がり始めていた。
なお、俺はまだ井戸の底にいる。
たまに上から賽銭が降ってくる。ありがたく拾ってはいるけど、複雑な気持ちだ。
【新称号:隠れ神】
【信仰心:村人の間で拡大中】
【被認識率:約3.8%】
なんか少しずつ、見えてきてないか……?
◆
これはまだ、始まりに過ぎない。
後に彼らは言う。
「この世には、“書かれざる神の教え”がある」と。
それが、国家転覆すら起こしかける“福音”になるとは――
このときの俺は、まだ知らなかった。
毎週火曜日更新予定。