第1話:転生したら逆成長でした。泣きたい。
目が覚めたら、異世界だった。
いや、冗談でも例えでもなく本当に。
空は青く、草は青々と茂っていて、鳥がチュンチュン鳴いてる。
テンプレなファンタジー空間を具現化したような世界に、俺は放り出されていた。
そして、目の前には――
「ようこそ、選ばれし転生者様!」
金髪碧眼の女神っぽい美女が立っていた。
うん、テンプレだな。テンプレ中のテンプレだ。
だが、それがいい。
いや本当、俺こういうの望んでた。
むしろ「よくぞ来てくれた」って感じだ。ありがとう神様。
「あなたには、特別なスキルを与えましょう」
その言葉に、胸が高鳴った。
そう、これこれ。こういうのを待ってたんだよ。
「他の転生者の皆さんには、それぞれ素晴らしい能力をお渡ししました」
「……え? 他にもいるの?」
「もちろんです。神聖剣を得た勇者様、魔法を極める賢者様、竜神化する者など……皆さん、活躍されてますよ♪」
「じゃあ俺は?」
「逆成長です♪」
チャリーン!
【固有スキル:逆成長を獲得しました】
【現在のレベル:3】
……は?
その時点で悟るべきだった。
この女、絶対ろくでもない。
「ふふっ……あなたのような方が、世界の均衡を変えるのです」
お願いだから、そういう役目は他のやる気ある人に任せてくれ。
そう願った直後、俺の意識はふっと薄れて――
次に目を覚ましたとき、俺は草原に立っていた。
とりあえず、状況確認。
俺は今、異世界にいる。スキルは「逆成長」。
意味がわからないが、たぶんすぐにわかる。
近くにスライムがいた。
そう、まずはチュートリアル。
ここで何が起こるか、それが俺の今後を左右する。
「いけっ!」
【スライムを倒した!】
【経験値を獲得しました】
【レベルが1下がりました】
【現在のレベル:2】
「下がっとるやないかい」
いやいや、いやいやいや、ちょっと待て。
スライム倒したらレベル上がるのがRPGの常識だろ?
なんで下がってんの!? いやマジで。
ウルフを倒してみた。
【ウルフを倒した!】
【経験値を獲得しました】
【レベルが1下がりました】
【現在のレベル:1】
……俺、前世で何した?
親は早くに離婚して、母さんは働き詰めで倒れた。
親戚にたらい回しにされて、高校は中退。
バイトを掛け持ちして、家賃の安いボロアパートで、なんとか生きていた。
趣味は節約。特技は無駄を切り捨てること。
夢? なかったよ。持てるわけがない。
でもな……それでも、頑張ったんだよ。
あのクソみたいな現実の中で、なんとか真っ当に生きようって思ってたんだ。
それなのに――
信号待ちしてたら、トラックが突っ込んできて、気づいたら異世界だ。
だから期待した。
前世で報われなかった分、せめてこっちでは“普通”に生きたいって。
チートなんて望んでない。
最強なんていらない。
俺はただ、誰にも邪魔されずに、ベッドで寝て、暖かい飯を食って、雨風をしのげる屋根があればよかった。
それだけだったんだよ。
それだけだったのに、なんで……
なんで、レベルが下がってんだ?
マジで教えてくれ。
“前世の何がそんなに悪かったんだよ?”
さらに1体倒す。
【ウルフを倒した!】
【経験値を獲得しました】
【レベルが1下がりました】
【現在のレベル:0】
「……ゼロか。なんかこう、もっと劇的な何かが起こるかと思ったんだけど……」
俺は自分の手を見た。
別に透けてない。心臓も動いてる。呼吸もしてる。
そう、何も――
【レベルが1下がりました】
【現在のレベル:-1】
「あ、やばいやばいやばい!」
【警告:対象が“定義外”の存在になりました】
【ERROR:NULL ENTITY DETECTED】
【存在状態:NOT FOUND】
【ステータス取得不可】
【状態:ERROR - 対象が存在しません(code:404)】
「code:404……? いや、エラーコードまで出るのかよ……」
けれど、その瞬間――
背筋が、ひやりと凍った。
何かがおかしい。
ただの異常じゃない。“違う”。
ステータスウィンドウが開けない。
名前も、レベルも、スキルも、すべてがNULLになっていた。
いや、それだけじゃない。
草に触れても、風が吹いても、世界が俺に反応しない。
自分がここにいるはずなのに、いない。
確かにこの地面を踏んでいるのに、「存在している」という感覚がない。
「……まさか、本当に“いない”のか……?」
【スキル編集機能:アクティブ】
【あなたは制限を受けない存在として認識されています】
【干渉不能】
チート? いや、違う。
これは、もう完全にバグだろ。
いや、もはや“世界の外側”に踏み込んだ感覚だ。
気づけば、俺の影も、音も、気配すら――
すべての“存在感”が、消えていた。
そうして、俺の異世界生活は始まった。
“誰にも認識されない、存在しない者”として。
それが、“マイナスになる”ということだった。
毎週火曜日に公開予定。