第9話「見つめる者たち」
その頃、魔導院の最上階。夜風が吹き抜ける屋上に、一人の少年が佇んでいた。
白銀の髪、透き通るような瞳。年齢不詳のその存在は、まるで風そのもののように軽やかで――
彼の名は、アシュラ。
「十三番目の書が目覚めた……」
塔の下――書庫のあたりから感じられる強烈な魔力の揺らぎに、彼は微笑を浮かべる。
その背中に、一瞬だけ、水色の幻影のような羽が現れては、すぐに霧散した。
「これで全ての歯車が動き始める」
どこか寂しげで、しかし喜びすら含んだ声。
アシュラはただ、静かに夜の帳を見つめていた。
***
そして遥か離れた町外れの屋敷。
窓辺で地図を眺めていた盗賊王――ガルド・ザークが、手元の地図に新たな印を記す。
「……魔導院が動いたか。面白くなってきた」
その鋭い視線の先には、フェドラの都市が記された場所。
左腕に刻まれた契約の紋章が、赤黒く脈打っていた。
「第十三の契約者……今度こそ、“失ったもの”を取り戻す」
静かに呟いたその声に、部下たちは誰も口を挟まない。
***
一方、別の場所。豪奢な内装の執務室。
その中心に座る男の名は――イルミア・フォン・ヴァイス。
政治と魔法を支配する貴族にして、世界の秩序を理想とする者。
魔導感知装置の水晶が淡く反応するのを見て、彼は小さく口角を上げた。
「第十三……ついに現れたか」
壁に掛けられた妻と娘の肖像画に視線をやり、彼は低く、誓うように呟いた。
「約束した通り、理想の世界を創る。今度こそ、誰にも邪魔はさせない」
彼の手の中には、“絶対服従”と記された黒い魔導書。
その表紙をなぞりながら、彼は静かに語った。
「秩序の名のもとに――」