第6話「契約の言葉」
「えっと……あなた、本当に“しゃべってる”の?」
書庫の片隅で、小声ながらも明確な驚きと戸惑いが混ざったリリアの声が響いた。
『ああ。私は神城レン。元の世界で人間だったが、今は“魔導書”として存在している』
「ま、魔導書が……元・人間……?」
現実感のない言葉に、リリアは混乱を隠せなかった。
それでも彼女は逃げ出すことなく、目の前の“書物”と対話を続けている。
『君の中には特別な素質がある。私はそれを感じ取った。だから“呼びかけた”』
「わ、私に……?」
リリアの胸がどくんと脈打った。誰かに“特別”だと言われたのは、生まれて初めてだったから。
『君の心の奥底にある、“認められたい”という強い願い。私は、それを否定しない。だが――』
レンの声が少しだけ厳しくなる。
『力を得ることは、それに責任を持つことと同義だ。契約するということは、私の力を君に与える代わりに、君自身も変わっていくということだ』
「責任……」
リリアの瞳に、一瞬不安の色がよぎった。
魔導書と契約する。そんな大それたこと、自分なんかにできるのか――
だが、その迷いの奥から、小さな灯火のような願いが顔を出した。
「……誰かを守れる力が、手に入るなら。私は……あなたと契約したい」
その瞬間、レンの意識に走った衝撃は、書物であることを忘れるほど強かった。
(この子は、自分の欲望だけじゃない。“他者のため”に力を望んでいる……)
『ならば、答えよう。君のその決意に』
金色の魔法陣が空中に浮かび上がる。ページの間からほのかに放たれる光が、リリアの全身を包み込んだ。
『汝の名は?』
「リリア・クレア!」
『契約、成立。汝に我が力、“無限解析”の基礎を与える』
リリアの左手の甲に、古代文字の紋章が刻まれた。
それは、契約者としての証。そして、彼女の人生が変わる“最初の魔法”だった。