第5話「はじまりの出会い」
春の訪れを思わせる、穏やかな陽光が差し込む午後。
魔導院の奥、普段は誰も立ち入らない書庫に、小さな足音が響いた。
「うわっ……! ご、ごめんなさーいっ!!」
ドサッ――
ひときわ大きな物音とともに、棚の一部が傾ぎ、数冊の魔導書が床に散らばった。
その中心で慌てて本を拾い集めていたのは、一人の少女――リリア・クレア。
栗色の髪を三つ編みにまとめた、まだあどけなさの残る見習い魔導士だった。
「はぁ……またやっちゃった……」
リリアは誰もいないのを確認すると、小さくため息をつきながら本を棚に戻し始めた。
手つきは不器用ながらも丁寧で、ひとつひとつに声をかけるように扱っていた。
――そして、彼女の手が、一冊の異様な装丁の本に触れた瞬間。
「……あれ? この本、なんか……あったかい?」
金と黒の装丁。重厚で威圧感すらあるその魔導書が、リリアの手に吸い付くように馴染んだ。
次の瞬間、本から淡い金色の光がふわりと灯り、リリアの瞳が見開かれる。
ページをそっと開くと、そこに刻まれていたのは、古代文字で記された一文。
――《選ばれし者よ。我が名は神城レン。汝と共に在らん》
(……聞こえた!? 今の……声?)
リリアは驚いて本を落とした。しかし、すぐに拾い直すと、確かに“中から”語りかける声がするのを感じた。
『ようやく……誰かに届いたか』
それは、優しくも知的な、そして少し寂しげな声だった。
「えっ、誰!? え、え、本が……しゃべった!?」
『驚かせてすまない。私は――魔導書として転生した“元人間”だ』
言葉に詰まるリリア。それを見て、レンの意識は静かに観察していた。
(……なるほど。君か……。この“契約の呼び声”に応えた者は――)
その心には、澄んだ泉のような“純粋さ”と、“誰かの役に立ちたい”という切実な想いが宿っていた。
(……悪くない。いや、むしろ……理想的だ)
本と少女。ありえない出会いが、確かに始まった瞬間だった。