第4話「魔導院の予言」
それは、ある曇り空の午後だった。
古びた魔導院の書庫に、重厚な扉の開く音が響いた。
音もなく足音を運ぶのは、一人の老女――魔導院長、オルガ・マギウス。
その手には、古代予言書の断片が収められた皮綴じの書物。
額には、淡く光る三日月型の刻印。年老いた姿ながらも、その瞳には鋭く深い魔力の気配が漂っている。
(……この気配。やはりこの書庫だ)
彼女は棚の列を一つずつ確かめながら、まるで引き寄せられるように歩く。
やがて、一本の書物の前で立ち止まった。それが――レンだった。
「……これは……なんという魔力波動……」
彼女が指先でそっと触れると、レンの表紙に刻まれた古代文字が淡く光る。
その反応に、オルガの目がわずかに見開かれた。
「“第十三の魔導書”……まさか本当に存在していたとは」
彼女の口から漏れたその言葉に、レンの意識は鋭く反応した。
(第十三? 何の話だ……?)
しかし、レンの問いかけは彼女には届かない。ただの“魔導書”としてしか認識されていないのだ。
それでも、何かを感じ取ったのか、オルガは小さく息をついた。
「まだその時ではない……あなたは“待つ運命”にあるのね」
そう呟くと、オルガはレンをそっと持ち上げ、書庫の奥――鍵付きの特別保管棚へと移した。
その手つきは、まるで眠れる子をあやす母のように、優しく、そして慎重だった。
「予言は確かに告げていた。“十三の魂が揃う時、世界は再び運命を選ぶ”……」
棚を閉じる直前、オルガは一度だけ、レンの表紙を見つめた。
「あなたを選ぶ者が、どうか誤らぬように――」
そう言い残し、彼女はそっと背を向けた。
その手には、緑と鋼の紋章が刻まれた、古びた箱の鍵が握られていた。