第3話「選ばれる資格」
時が経つ感覚も曖昧なまま、レンは書庫の一角でただ“在り続けて”いた。
棚に並べられてから、どれほどの時間が経ったのか――
時折、魔導士たちがこの古びた魔導院の書庫に訪れては、必要な書物を手に取り、ページをめくっていく。
だが、誰ひとりとして、レンを手に取る者はいなかった。
(……どうして誰も読まない? 俺の中には、知識も魔力も詰まっているのに)
誰にも認識されないまま過ぎていく日々。
レンの中には、焦燥と無力感がじわじわと広がっていった。
(このまま、永遠に誰にも読まれず、ここに置かれ続けるのか?)
“誰かとつながりたい”――その欲求が、強く、確かに、自身の中に芽生えていた。
そんなある夜。
書庫は静まり返り、魔導の灯がほのかに揺れているだけだった。
その空間に、ふと、奇妙な空気の流れが生まれる。
レンの意識が、突如別の次元へと引き込まれた。
眼前に現れたのは――かつてこの世に存在した「契約者たち」の幻影。
それは夢か記憶か、それとも魔導書に刻まれた“歴史”なのか。
映し出されたのは、かつてレンと同じように「魂を宿した魔導書」と契約した者たちの姿だった。
誇り高く力を行使した者。
力に溺れ、仲間を裏切った者。
狂気に呑まれ、世界に災厄をもたらした者――
「……俺の力が、彼らを変えた?」
恐怖とともに湧き上がる疑念。
自分が与える力が、人を破滅へと導いたのではないか――
そのとき、幻影の中から一人の女性が静かに歩み出た。
若き日のオルガ・マギウスによく似たその姿は、柔らかな微笑みと共に語りかける。
「力は、それを使う者次第。あなたは“選ぶ”ことができる。誰に力を与え、何を共に目指すのかを」
幻は消え、再び書庫の静けさが戻る。
レンは静かに心に刻んだ。
(そうか……俺には“選択する権利”がある)
力を与える者として、ただの道具ではなく、意思を持った存在として――
(ならば、俺は“正しい契約者”を待とう)
その瞬間、レンの装丁に刻まれた古代文字が、かすかに光を放った。