第1話「転生」
――静寂。まるで世界そのものが息を潜めているかのようだった。
閉館間際の大学図書館。誰もいない夜のフロアを、神城レンはただ一人、ゆっくりと歩いていた。
書架の間を抜けるたびに、古い本の匂い――革表紙に染み込んだインクと紙の混ざった匂いが鼻をかすめる。
(やっぱり、ここが一番落ち着くな……)
レンは文学部三年。人との付き合いが苦手で、研究と本だけが友達だった。
その夜も彼は、卒論の資料として扱っていた「失われた西洋錬金術の文献群」を読み解いていた。
――コツン。
奥の棚から微かな音が響く。レンは顔を上げた。
誰かがいるはずはない。だが、不思議と恐怖はなかった。
静かに近づいてみると、そこには一人の老人がいた。白髪と長い顎鬚、深緑のローブをまとい、手には一冊の金装丁の古書。
「……あなたは、教授?」
問いかけた声に、老人はゆっくりと振り返った。
その目は、深淵のように吸い込まれそうな不思議な輝きを湛えていた。
「君は書の力を感じるかね?」
突飛な問いかけに、レンは一瞬言葉を詰まらせる。しかし、正直な思いが口をついた。
「……本と話しているような気持ちになることはあります」
「ふむ、やはりか」
老人は頷き、手にしていた本を差し出す。「これを見てみなさい」
重厚な金色の表紙。古代文字がうっすらと浮かび上がるそれに、レンがそっと手を伸ばした瞬間――
光が弾けた。
眩い金色の閃光が視界を包み、同時に図書館の窓ガラスが砕け散った。
飛び込んできた破片が、レンの胸を貫く。
呼吸が止まり、鼓動が静かに遠のいていく中、彼は最後に老人の声を聞いた。
「書物の守護者の血が目覚めたか……彼こそが“第十三の鍵”」
視界が黒く染まるその瞬間――
「人ならざるものとなっても、魂の選択を忘れるな……」
その声だけが、深く深く、レンの意識に刻まれていった。