第八話 哭悲老人を待ち伏せ
明月天山より出で、
蒼茫たる雲海の間にあり。
長風幾万里を越え、
天門関を吹き渡る。
大玄・天門関
風沙に巻かれた険しい城壁、大玄の纛旗が狂おしいほどに空を舞う。
砂塵に隠された城楼は不均衡な形で継ぎ合わされている。目を凝らして眺めれば、一筋の凄まじい剣の痕跡が城楼から城壁の下まで延びているのが見える。
伝説によれば、剣聖裴問が東から西へ旅をしていた際、この天門関を通りかかり、守備を任された大将によって足止めされたという。
「お前こそがこの世で唯一無二の剣聖だという噂だ。ならば問おう、お前ならこの天下第一の関をいかにして破るか!」
裴問は目を細めて静かに城楼を見上げた。伝え聞くところによると、彼は答えを口にする代わりに、剣を抜き、ただ一振り、風の如く斬り放ったという。その結果が、今なお城楼に刻まれた巨大な剣痕である。
裴問は一振りの剣を城楼に刻んだ後、何事もなかったかのように悠然とその場を立ち去った。
それ以来数年が経ち、その剣に込めた思いは永久に「天下第一の関」に刻まれ続けた。
世には、剣聖の剣意を受けながら命を懸けて城楼を修繕しようとする匠などおらず、そのままこの奇観が残されることとなった。こうして、天門関の城楼には剣痕をそのままに、独特な奇観として後世に残ることとなった。
この一振りは再び天下を震撼させ、無数の剣士や侠客がここを訪れ、その奥義を観察し悟りを求めることとなった。
「今日は風が強いな。ぷっ、ぷっ。」
砂を二口ほど吐き出しながら、校尉は城壁を登った。その目は細く鋭く細められ、右目が妙にぴくぴくと跳ねるのを感じた。どうにも胸騒ぎがする。まさか馬小屋がこの風でまた倒れたのではないだろうか?
「ウゥウゥウゥ……」
遥か遠くのゴビ砂漠、その風沙の中を一筋の黒影が疾走していた。通り過ぎるたびに千百人の嘆きの声が風沙の叫びをも凌駕し、無限の哀切を漂わせていた。
「タッ……」
その黒い影が突如足を止めた。追いすがる風沙がその黒い長袍を「パチパチ」と音を立てて翻らせる。
「ククク、小ネズミよ、老朽にここまで付きまとっておいて、まだ姿を現さないつもりか?」
アヒルのようなかすれた声が、不気味に笑うように、時に泣くように響いた。絞り出されるような声は、耳をつんざくほど不快だった。
砂地の表面が突然もぞもぞと盛り上がり、小さな土の塊ができた。
その土の塊が破れると、華奢で小柄な影が軽やかに飛び出し、地面にしっかりと着地した。
「ふん、老いぼれが!見苦しい真似をするなよ。わざと気配を漏らさなかったら、お前が気づけるとでも思っているのか?言っておくけどな、不夜城を出た瞬間から、このお嬢様がお前をつけてたんだからな!」
小柄な少女は老人を指さし、子ネズミのような愛らしい声で、けれど凶悪な勢いで啖呵を切った。その「ちびっこ猛者」ぶりがなんとも言えない愛嬌を醸し出している。
こんな秘術じみた潜伏の技は、聞いたことがない。
「哭悲老人」は内心で驚愕しつつも、木の皮のように干からびた顔はますます険しくなった。
目の前の小娘はどう見ても「脱凡境」(だつぼんきょう)程度の修行者に過ぎない。この老人に真っ向から立ち向かおうなど、まるで死に来たようなものだ。だが、よほどの自信があるか、それとも……
(境界:不入流、三二一流、脱凡境、化玄境、自在境、天武境、神游境)
風沙の中、4人の影が遠くから次第に近づき、囲みのような形で「哭悲老人」を取り囲んだ。
「ふん、老いぼれ、さようなら!」
子ネズミは舌を出し、愉快そうに「哭悲老人」に国際的なジェスチャーを送ると、すぐに砂地の下に身を隠した。
「ヤバい…」
「哭悲老人」の顔には深いしわが刻まれ、まるで顔全体がつぶれてしまいそうだ。目の前の四人は皆、気配が非常に重く、その中の一人は、どうやら彼の力をも上回る存在であるようだ。
魔教の左腕として歩んできた彼の生涯には、何百、何千という仇がいる。追われたり、伏せられたりするのはもはや日常茶飯事であり、今までで最も厄介な相手に出会ったことになる。
「お尋ねしますが、皆さんは一体どちらのご尊名でしょうか。もし以前、何かご不快なことがあったのでしたら、どうかお許しください。」
「老朽は天雪藏花と魔教の上級秘法でお詫び申し上げます!」
哭悲老人は手を拱き、非常に敬意を込めて声を震わせながら言った。
周囲は静寂に包まれていた。
風沙が舞い上がる音だけが響き、周囲はまるで息を呑んだように静まり返っている。
「ガオ!!!」
突然、金色の虎の幻影が現れ、身を躍らせると、猛虎が山から降りるような圧倒的な勢いで一蹴りを放った。
まずい!正面から受けるわけにはいかない!
これは陽剛の気、彼が修行している秘法を克服する力を持っている!
哭悲老人はほとんど躊躇うことなく、その恐ろしい圧力に耐えながら、身を捻りながら避ける。
「ドン!」
その一撃が空間を揺るがし、虎の爪を中心に衝撃波が広がり、数メートルの砂の波が舞い上がった。
鋭い矢が飛んでくる音が耳に響き、三本の矢が砂の波を裂いて、哭悲老人の首を目指して飛んでいった。
「悲冥掌!」
紫色の巨大な手のひらの幻影が現れ、目の前の砂の波を払って飛んでくる矢に立ち向かう。
掌と矢が交わる。
哭悲老人は心の中で冷や汗をかいた。二本の矢は掌に当たって砕けたが、残る一本が迫ってきている。避けろ!
「シューッ!」
矢は顔のすぐ横をかすめ、皮膚を引き裂いて過ぎ去った。干からびた顔の半分が黒い血に染まり、地獄の鬼のように恐ろしい様相を見せる。
惨めだ!
今の自分はひどく惨めだ!
傷の痛みを無視して、哭悲老人は急いで黒いローブを揺らしながら、十メートル以上離れた場所に身を隠した。
その後、無数の槍の影が空から降り注ぎ、周囲に砂塵を巻き上げた。
「大伏魔棍!(だいふくまこん)」
哭悲老人が足をしっかりとつける前に、一根長棍が空を裂いて降りてきた。
「このクソ僧、どこから現れたんだ?!」
哭悲老人は心の中で罵りながらも、これは間違いなくあの禿頭の連中の伏魔棍法だと気づいた。
掌の中で冥鬼の気を凝集させ、長棍を受け止めた!
「ドン!」
掌と棍が激しくぶつかる音が響く。
哭悲老人は身を一瞬止め、長棍をしっかりとつかみながら、目に凶悪な光を放ち、左手で再び力を集めた。
「悲冥掌!」
「飛び越し金虎!」
金色の真気が包み込む中、寅の幻影が瞬時に現れ、二者の間に向かってストレートパンチを打ち出す。
「吼!」
金虎の虚影が咆哮し、冥鬼の気が一瞬で弾け飛んだ。
哭悲老人は目の血管が切れ、七十年分の古い血が口から吹き出し、倒れ飛び去った。
「プシッ!」
もう一本の破壊的な矢が、干からびた手のひらを正確に引き裂いた。
地面に転がりながら、哭悲老人は片手を地面に支え、ふらつきながらも立ち上がった。その呼吸は衰えず、むしろますます強くなり、無形の気の波が砂嵐を巻き起こし、四方へと激しく拡散していった。
寅虎は手を挙げ、前に進もうとする申猴と未羊を止めた。
「彼は藏龍丹を服用している。一炷香の間、暴走状態が続く。お前たちは引っ込んでおけ。」
「午馬!」
黒い金雲の模様が入った笠をかぶっている午馬は返事をせず、黙って破壊の矢を弓に引き絞り、その全身の真気を矢先に凝縮させた。
「お前たちを殺す!老朽はお前たちを殺すんだ、ハハハハハ!!」
すでにぼろぼろの黒い袍が乱れ舞い、哭悲老人の目は血走り、外に突き出し、まるで狂気に取り憑かれたかのように見えた。
「長虹貫日!」
赤い光となった破壊的な矢は、何の障害もなく哭悲老人の眉間に突き刺さった。
「ドーン!」
矢に込められた真気が爆発し、空を舞う黒い破片が散乱した。
「これで死んだのか?」未羊は槍の先を下げながら、少し驚いた表情を浮かべていた。
寅虎は眉をひそめ、目を鋭く光らせ、声を震わせながら言った。
「まずい!金蝉の抜け殻だ!すぐに追え!」
数千メートル先。
一体の滑らかで柔らかな脱皮した姿が、裸のままでこの戈壁の砂漠を全速力で駆け抜けていた。
走れ!走れ!走れ!!!
不夜城に戻れば、まだ一縷の生きる希望があるのだ!
彼は重要な任務を任されて不夜城から出てきたのだ。教主様は必ず彼を助けてくれるに違いない! 彼は生きなければならない!自分を伏殺しようとしたこのクズどもをすべて粉々にしてやる! あの憎たらしい小娘も、今度こそその首を酒器にしてやる! 狂ったように走り続ける中、哭悲老人は風沙の中に一つの影が一瞬一瞬近づいてくるのをかすかに見た。
「誰だ?」
この方向、まさか不夜城から派遣された任務の達人か!? 自分にはまだ生きる希望がある! 希望が湧き上がり、足元が少し速くなる。
近づいてきたその人物が顔に青銅の獣面をかぶっているのを見て、哭悲老人は一瞬驚きの表情を浮かべた。
「誰だ?不夜城にこんな人物がいたか?」
風沙が顔を撫でるその瞬間、周囲のすべてがまるで十倍、二十倍、いや百倍も遅くなったかのように感じられた! 青銅の獣面をかぶった者は、すでに彼のすぐ横を通り過ぎていた。
「カチッ…」鋭い刀の収められる音が耳に届く。
その者は、再び天門関の方向へ歩み続けていた。
一滴、また一滴、黒く濁った血が砂に落ちる。
哭悲老人の足取りは次第に重くなり、頭の中に浮かぶのはただ一つの言葉だけだった。
「半ば神游…」
そして、沙丘の上から分かれた二つの死体が転がり落ち、風沙にゆっくりと埋もれていった。