第三十話 わが家の女房!
単岳は目を細めて手を振った。「もうないない、これだけが持ってる本だ。要るか?」
「本当ですか?もう千両差し上げますので、さらに何冊か出せますか?」
林承天の目が剣のように鋭く光り、薄ら笑いを浮かべている。
「本気か?」単岳が問い返す。
「望む本が出せるなら、万両やろうが構わんぞ?」林承天の声は淡々としていた。万両の白銀など彼の口から出るときは、まるで塵芥のような価値に聞こえた。
傍らで聞いていた三人の女性は思わず息を呑んだ。
錦蓮は指折り数えて計算した。自分が万両持っていたら、何百人分もの自分が買えるのに。
単岳は面食らったような表情で、目の前の端正な青年を見つめた。どこかで見覚えがあるような気がするが、どうしても思い出せない。
現状を察するに、この若者は自分を見覚えがあるらしい。
まさか今日はでかいカモに当たったのか?
単岳は横目で程海を盗み見た。金を受け取って逃げれば、この小さい護衛ごときでは自分を止められまい。
「金を出せ!」単岳が大きな手を差し伸べた。
「どうぞ」林承天は逃げられることを恐れず、袖から五千両銀票を二枚挟み出した。
単岳が奪おうとした手を、林承天は軽やかにかわす。「私の金は出しました。そちらも本を出しなさい」
「偽札で俺を騙そうとしてるんじゃねえだろうな?」
「私も貴方が金を持ち逃げしないか心配ですよ」林承天は涼やかに笑った。
「俺は...」単岳の老いた顔が赤らんだ。確かに金を奪って逃げようと考えていた。
この若者が軽々と一万両を出す様子から、天武城の名家のぼんぼんだろう。別に金持ちを憎んでいるわけではないが、こういう奴から金を巻き上げるのは何故か痛快なのだ。
弱い者いじめで卑劣なやつなら、酒代を巻き上げつつちょっと懲らしめてやる。
極悪非道の者なら、自分の罪を増やすことでこの世を浄化していると思っている。
死んだら地獄へ行って、あの十八地獄を味わってみるだけさ。
林承天は焦らず、ただ静かに单岳を見つめている。
北武盟の盟主である单岳は普段は飄々としているが、結局は部下を養わねばならず、門下生に北風を飲ませるわけにはいかないのだ。
一万両という大金に、单岳は髪をかきむしりながら狂ったように叫んだ。「ちくしょう!一万両だぞ!まさか一万両も!!」
彼の胸中は葛藤していた。生まれて初めて、これほど太っ腹な大物に出会ったのだ。
「ちくしょう!欲張りすぎるんじゃねえか!これは俺が何年も秘蔵してた孤本だぞ!一万両でも安いんだ!」
「【剣舞紅顔】が欲しい、値段をつけろ」林承天は額を押さえながら諦め顔で言った。もう単岳と禅問答を続ける気はなかった。
「は??てめえ、どうやって知ってやがる!?」
単岳は顎が外れそうになった。【剣舞紅顔】は酔っ払って彷徨った洞窟で偶然手に入れたもので、誰にも話した覚えはない。この世で知ってるのは自分だけのはずだ!
林承天は指先を動かした:「占った」
「くそったれ!こういう占いや風水の野郎は大嫌いだぜ、他人のことばかり気にして、自分の身の振り方を考えたらどうだ!」
「これが身の振り方だ。こんな剣譜を見逃すわけにはいかん」林承天は肩をすくめて笑った。
「金持ちのくせに、どうかしてるぜ!」単岳は唾を吐いた。
「人を罵るのか?」
「お前が俺を占ったんだから、文句あるか?その剣譜がお前に使えるかどうか、占ってみたことはねえのか?」
「もう一冊だけなら出してやる。これも俺の秘蔵の孤本だ」
単岳は突然真顔になり、懐を探りながら続けた。
「ほれ」
無題の古書が差し出された。
林承天は奇妙な表情を浮かべた。原作では【剣舞紅顔】の表紙に「紅顔」の文字があったはずだが...
ぱらりとページを開くと、老木の根が絡み合う図が実に巧みに描かれており、傍注まで付いている!
思わず見入ってしまった。
単岳は白い歯を見せてニヤリと笑った:「どうだ?この孤本一万両、損はさせねえだろ?」
黄婉児はつま先立ちで覗き込んだ。一体どんな本が殿下をここまで夢中にさせるのか。
惜しいことに二人は本を厳重に隠していて、何も見えない。
林承天は深く息を吸い込み、歯を食いしばって言った:「...他に本はあるのか?」
単岳は自分で羊の脚肉をちぎり、大口で食べ始めた。
林承天は疑問符だらけの顔をして「どういう意味だ?」と聞いた。
「あの剣術書は女が練習するように作られたんだ!お前が去勢する勇気があるなら、練習できないこともないさ!」単岳は肉を早口で咀嚼し、むっつりとした調子で言った。
林承天の顔がこわばった。原作では剣術書が女性専用だなんて書いてなかったはずなのに。
彼は密かにこの技を習得し、戦いの際に後方で傍観しながらこっそり隠災たちにバフをかけることを考えていたのだ。
「俺が家の女房に練習させたらダメなのか!」林承天は強がりを言った。
二人の会話は周りの数人にもはっきり聞こえていた。
「女房」という言葉に黄婉児は恥ずかしさのあまり、地面の割れ目にでも入りたいほどだった。
「家の女房?」単岳は思わず頬を赤らめた黄婉児を見た。
「この野郎、運がいいんだな。だがな、美女は災いのもとだ。お前、ちゃんと守れるのか?」
「剣譜が欲しいなら、いくらでも値をつけてくれて構わない。ただし、私の家の女房について、私の前で議論するのはご遠慮願いたい。」林承天の眼差しが一瞬にして冷徹なものに変わり、まるで「これ以上口を利けば、容赦しない」とでも言わんばかりの威圧感を放った。
「お前、いったい…」
単岳は心の中で大いに驚いた。先ほど彼の体内の真気が激しく動いたその瞬間、目の前の青年のほかにも、極めて恐ろしい気配が彼を捕えていた。
その実力は彼を上回っている!
まさか、暗に守護している者がいるのか? この青年は一体何者だ!? なぜこんな恐ろしい人物が密かに守護しているのか!
「剣譜はもう、ここにはない。」単岳は淡々と言った。
「どこにある?」
「知らん。お前の家の女房に匹敵する絶世の美女にあげた。」単岳は周囲を警戒しながら、軽く見回した。
お前、そんなことも考えないのか? その言葉が喉元まで出かけたが、単岳はそれを飲み込んだ。
林承天は眉をひそめた。これを聞いた瞬間、単岳が誰に渡したかを悟った。
最初はここで単岳と会うのは偶然の巡り合わせだと思っていたが、結局は空振りだった。
確かに、原作のストーリーで残された価値は、まるで図鑑のように、どこかで人と会った時にその人物を思い出させるためのものだった。
「他に孤本はあるか? もし気に入ったら、一冊一万両で買うぞ。」林承天は軽くため息をつき、非常に残念そうに言った。
「これらはすべて孤本だ。買ってくれ。」単岳は両手を広げた。その時の本は先ほどと同じ、そして「老樹盤根」も含まれていた。
「これはお前が自分で写したんだろ?」
単岳は気まずそうに言った。「う、うーん、それも分かっちゃったか?」
林承天はまるでバカを見るような目で彼を見た。
これらの功法は確かに悪くはないが、結局のところ上級のものではない。だからこそ、この老人はどこにでも本を配って、無くなればまた書き直しているのだろう。
「残りの巻物が欲しいか?」
「見せてみろ。」
単岳はしばらくの間手を探った後、布のようなものを取り出した。
「これは大きくて豪快な刀法が記されている巻物だ。元々は三つの型があったが、残りの部分しかない。残念ながら、一つしかない。」
林承天はそれを嫌がることなく、破れた布を受け取ってじっくりと見始めた。
【殺神三式】
この布には【殺神一式・血屠千里】がしっかりと記されており、幸いにも第一式だった。もし他の式が記されていなかったら、この残りの巻物は全く意味がないところだった。
この刀法は、殺意を凝縮して放つ究極の技法で、修行にはかなり厳しい条件が求められる。
簡単に言えば、この刀法の力を最大限に引き出すためには、十分な数の命を奪い、殺戮の気を集める必要がある。
戦場に出たり、殺人鬼のような存在にならなければ、林承天は殺戮の気を早く集める方法が思いつかなかった。
もちろん、黄思遠や黄軒、蘇青のように常に戦場を駆け回っている将軍たちは、自然と殺戮の気を蓄えているので、修行の効率は格段に上がる。
だが、黄思遠は双戟を使っているし、黄軒も今は天武城にいない。
林承天自身も刀を使うが、剣道の修行ほどの境地には達していない。
こうした大きく豪快な刀法には、彼には合わない。
林承天は視線を程海に向けた。
程海は彼が戦場で拾ってきた男で、傷が癒えた後は再び戦場に赴き、磨き上げられた。天武城に帰還後、林承天は彼を親衛隊長に抜擢し、王府の護衛隊の隊長にした。
程海の殺気は、黄軒や蘇青ほどではないが、それでも劣ることはない。何せ程海は軍で名高い千人斬りだ。
「この残り巻物、俺がもらう。」




