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第一話 私の妻は魔王だと

「奏上あり、無奏上退朝。」

奉天殿内、威厳ある声が文武の百官を圧倒し、皆、頭を下げて黙っていた。

「父皇、息子にはお伝えしたいことがございます!」

少し怠惰な声が響き渡り、誰もが思わず視線を向けた。その身に玄色の云紋を施した衣をまとった青年は、すでに百官の前に歩み寄っていた。

武帝は微かに目を閉じていたが、指先が手すりを叩く音が、突然静止した。

「言え。」

「息子は、鎮北(ちんほく)将軍・黄轩こう けんの娘、黄婉儿こう えんじを妻として迎えたいのですが、父皇にお許しいただきたく存じます!」楚王・林承天りん しょうてんの力強い声は、殿内に響き渡り、その音は死のような静けさを支配した。

まるで時間すら凍りついたかのように、誰もが息を潜めた。

右側で、うとうとしていた鎮国公・黄思远(こうしえん)は、息子と孫娘の名前を聞いた途端、目をぱっと見開いた。

静寂な奉天殿は、すぐに囁き声で賑やかになり始めた。

「楚王殿下があの不幸な…」

「他の殿下たちは皆、避けているというのに…」

「楚王殿下が外で過ごした五年、一体何を経験したのか…」

「もしかして、楚王殿下は黄家の力を借りようとしているのか…」

「その言葉、慎んだ方がいい」

「誰かが我が孫娘にこれほどまで気を使うか? さあ、話をしてみろ。」

黄思远(こうしえん)は身を横に向け、怒りを込めた低い声で言うと、その場の空気はたちまちに重苦しくなった。

「静まれ。」

武帝が口を開くと、

大殿は突然と静寂に包まれた。

武帝は礼の姿勢をしている林承天りん しょうてんに向けた。

「――六郎。」

「父上!」

「許す。」

武帝は傍らの老宦官にちらりと目を向けた。

その宦官は一礼し、恭しく答えた。

「すぐに準備を整えます。」

「うむ。」

武帝は頷き、手を振って退朝を示した。

「退朝」

老宦官は払子を一振りし、かすれた鴨声で高らかに叫んだ。

「ザワッ!」

文武百官たちは驚きのあまり一斉に顔を上げた。

まさか、あの不吉の娘を本当に皇室に迎えるというのか?!

しかも、彼らに口を挟む隙すら与えず――!

林承天りん しょうてんは少し呆然とした。

(え、これで許されたのか?そんなあっさりと?)

彼は、毎日揚げ足を取るのが大好きな文官たちとひと悶着やる覚悟を決めていた。

言い返すための言葉だって、何通りも用意していたのに。

黄思远(こうしえん)林承天りん しょうてんをじっと見つめ、口元がわずかに上がり、気づかれぬほどの笑みを浮かべた

「我が皇帝陛下、万歳、万歳、万万歳。」

奉天殿を出た林承天りん しょうてんは、その足元を変え、今日の朝会の主役となった。

当然、文官や武官、そして皇子たちの声掛けが途切れることはなかった。

「おいおい、六弟ろくてい、やるじゃないか!」

「おめでとうございます、楚王殿下!」

「さすがだな、六兄ろくけい!」

喜びの言葉がある一方で、冷やかしや皮肉、含みのある言葉も交じっていたが、林承天りん しょうてんはそれらすべてを笑顔で受け止めた。

「今日は良い日だな~」

林承天りん しょうてんは手を背負い、軽く鼻歌を口ずさみながら、気づけばすでに宮殿の外へ向かう列の最後尾にまで辿り着いていた。

彼は楚王林承天りんしょうてん、そして異世界から来た者だった。


目覚めた瞬間、彼は新たな名前と新たな人生を手に入れた。

ここは大玄王朝(だいげんおうちょう)。彼は皇帝の第六皇子――

人は彼を「老六ろうろく」と呼ぶ。

身分も地位も悪くない――だが問題はそこじゃない。

「このままだと、将来、皇子たちと皇位争いしなきゃいけないのか……」

考えただけで、林承天りんしょうてん(しんいつあん)は頭を抱えた。

無職無権の気楽な王族になるか?

成功した者が王位を手にしたとき、もしかしたら大粛清が行われるかもしれない。その時、反抗する力すら持てないだろう。

その時から彼は、三つの生き残る道を考え出した。

第一の道は、天才を装い、まず皇帝の寵愛を勝ち取ること。早い段階で大臣たちの視野に入って人脈を築き、他の皇子たちと正面から対決する準備をすること。

第二の道は、前世と現世の知識を活かしてお金を稼ぎ、身を潜めて力を蓄え、時を待ちながら、最も重要な瞬間に決定的な一撃を与えること。

第三の道は、非常にシンプルだ。お金を稼ぎ、死士を育て、さっさと逃げること!

この世界には大玄王朝(だいげんおうちょう)だけではない。金と人脈があれば、どこへでも行けるだろう? 贅沢な生活を少し楽しんだ後、彼はあることに気づいた。この世界の人々の名前が、どうしてこんなに耳に馴染んでいるのか? その名前を一つ一つつなげていくうちに、彼は自分が転生した場所が、架空の歴史の世界ではなく、修行体系を持つ小説の世界だということに気づいた! しかも、その小説は、彼があるサイトで見つけて、暇つぶしに最後まで読んだものだった! 楚王林承天りんしょうてんこそ、その小説の主人公そのもの! 彼のほかにも、男主人公二号、三号、四号……、数多くの主人公たちが登場する。

だが――

女性主人公と悪役令嬢は、ただ一人だけです。

ヒロイン、 苏凌雪(すりょうせつ)は、武成侯ぶせいこう 苏青(すせい)の失われた娘。後に侯爵家に連れ戻され、華麗なる令嬢として迎えられることになる。

そして悪役令嬢――未来の魔王、鎮北将軍黄轩ちんほくしょうぐんこうけんの娘であり、現在、彼が嫁にしようとしている相手でもあります。

考えてみれば、あの小説があんなサイトに載っていた時点でお察しだった。内容がどれだけ規則外れでも驚かない。むしろ、ぶっ飛びすぎて奇想天外だったからこそ、読み進めてしまったのだ。

原作の苏凌雪(すりょうせつ)は、武成侯に連れ戻されてからというもの――まさに万人に愛される究極の聖女!人に愛され、花に愛され、道ゆく動物まで振り向く奇跡の存在。

どの男であろうと、彼女を見れば興味を抱き、理性を投げ捨てて恋に落ちるのだ!

一方で悪役令嬢・黄婉儿こう えんじ

彼女は生まれつきの“蒼き瞳”を持つ異端児。不吉の象徴として忌み嫌われ、唯一、家族である叶家だけが彼女を受け入れていた。

しかし――

そんな彼女にも、意外な「例外」があったのだ。

それがこの俺、男主人公一号――林承天りんしょうてん

原作では、幼い頃、二人は何度か顔を合わせたことがある。

俺は彼女の蒼い瞳が気に入り、思わずこう褒めたのだ――

「お前の瞳、綺麗だな。」

記憶が始まって以来、彼女は初めて“他人”から褒められた。

小さな喜びが時間とともに、ひそかに育まれた感情へと変わった。


その後、男主人公は女主人公に恋し、悪役令嬢は愛のために狂気に陥る、いわゆるドロドロした展開が始まる。

最初は皆、表面では争わず、裏では暗闘を繰り広げていたが、後に武帝が突然崩御し、天下は混乱に陥る。

悪役令嬢いわゆる魔王は大玄王朝(だいげんおうちょう)を滅ぼすことを目論み、他の主人公たちと激しい戦いを繰り広げる。

最終的に、全世界で唯一傷ついたのは悪役令嬢という結末に至る。

黄婉儿こう えんじ林承天りんしょうてんの剣の下で命を落とす。

天下が安定し、女魔王討伐の軍勢が大玄王朝(だいげんおうちょう)の皇都・天武城に戻る。

そして最も衝撃的なのは、顧若依が多くの男主人公たちの支持を受けて、大玄王朝(だいげんおうちょう)初の外姓の女帝となることだった!

改めて考えてみると、あの時の自分がどれだけ暇だったのか、こんな都合主義な小説を最後まで読んでしまったことが信じられない。

しかし、話を戻すと、ストーリーがどれほど無理やり分かっている以上、絶対にその通りには行かない!

主人公一号を誰がやるかは勝手にすればいい、本王はやらない!

女主人公?

ふふ、好む者は勝手に追えばいい。

本王が嫁にするのは、自分のことばかり目に映る女の魔王だ。

ううん!間違えた!

あれは本王の未来の王妃だ!

誰が魔王だと言う?

数年間こっそりと力を蓄えてきた今、老父である武帝と正面から対決するのは少し厄介だが、その他の者や勢力は本王には何の脅威でもない。


「楚王殿下!」

後ろを歩いてきた黄思远(こうしえん)が急いで近づき、礼をしながら言った。

林承天りんしょうてんは穏やかな笑みを浮かべて言った。

「叶将軍。」

「儂はここで楚王殿下に感謝申し上げます。」

早朝で百官に厳しく叱責していた鎮国公(ちんこくこう)と比べると、今の黄思远(こうしえん)はその語調がとても穏やかであった。

林承天りんしょうてんは手を振って軽く笑った。

「この私は漓煙に約束したことを食い違うわけがない。」

黄思远(こうしえん)は一瞬驚いた後、笑いながら言った。

「楚王殿下はもう朝食を済まされたでしょうか?よろしければご一緒にどうでしょうか?」

「いいですね、北市に新しく開店した茶館で飲茶が売られていると聞きましたが、叶将軍は行かれたことがありますか?」

「老夫は恥ずかしながら、朝廷に行く以外にはほとんど外出しません。」

黄思远(こうしえん)は軽くため息をついた。年を取ると、動きたくなくなるものだ。

「構いません。本王も行ったことがないので、ちょうど叶将軍と一緒にその飲茶を試してみましょう。」

「ハハハ、ちょうど楚王殿下に世間を見せてもらおうか。」

「叶将軍、そんなこと言い過ぎです。」


北市

林承天りんしょうてんは長い街並みと古風な建物を見ながら、つい、感慨深く呟いた。

「五年ぶりに戻ってきたが、この天武城(てんぶじょ)は本王ですらほとんど見覚えがないくらい変わってしまったな。」

「楚王殿下、この五年間はどちらに行かれていたのですか?」黄思远(こうしえん)は思わず好奇心を抑えきれずに尋ねた。


十三歳の時、一枚の置き手紙を残して皇宮から突然と姿を消した六皇子殿下。その知らせを受けた武帝は激怒し、大玄王朝(だいげんおうちょう)という巨大な国家機構は、外敵もいないのにただ一人を探し出すために全力を挙げるという前代未聞の事態に陥った。

それから五年後、この六皇子殿下は突如として天武城に帰還した。その出来事は、城全体を騒然とさせるほどの大騒ぎを引き起こした。

皇宮で半年間の謹慎を命じられた後、五年もの間宮中を離れていた六皇子殿下は、親王に封ぜられるだけでなく、「楚王」という極めて尊い称号までも賜ることとなった。陛下のこの措置には深い意図があるのではと、朝廷の隅隅まででささやかれている。

陛下はいまだ壮年であり、皇太子の立場を明らかにするのはまだ先の話だ。しかし、いつかは派閥を明確にせざるを得ない時が来る。この楚王殿下の出現は、一時ははっきりと見えていた政局を再び混迷の中に放り込んだ。

林承天りんしょうてんはふと足を止め、頭上に広がる果てしない蒼穹を見上げて呟いた。

一回りして、数多の人々と出会い、幾度かの戦いを経て、宝物を手にし、何度か自分の道を模索しながら、世界の片鱗を垣間見た。最終的に残ったのは、あの二合の酒にまつわる一つの物語だけだった。


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