First Servant
「いっつぇ…。」
すりつぶしたヒルンの葉を傷だらけになった左腕に塗る。
「痛かった…!?大丈夫!?!?」
俺が傷の沁みに悶えるや否やエリスは顔を赤らめて過保護なまでに心配の色を示す。
ただその心配な顔が何より愛おしい。
「でも驚いた…。ハヤトが魔法を使えたなんてね。」
「そうだなぁ…、俺にもよくわからないんだ。」
「ふふ、わからないの…?」
小悪魔のようで、それでもって優しく聖母のように笑うエリス。
魔法については謎だった。ベルと名乗る紳士服の男が急に現れ、彼の言うとおりにしただけで魔法が使えた。
「少し試してみるか…。」
俺は身体の中で血液の様な流れに意識を研ぎ澄ます。心臓から腕へ、腕から指先へ、熱い流れを感じる。
今だ。
俺は指の先まで込めた気を放つ。
ヒュー…。
そよ風だ。うん、涼しいね。
いや、まぁ別にね、いまエリスが近くにいる状況でさっきみたいな旋風を起こすわけにはいかないからな。危ないし。うん。
決して、決して、俺の魔法が弱体化したとかそういうわけじゃないからな。うん。
「ふふ」
俺が沈着冷せ…、冷静沈着に魔法が出ないことを分析していると、横にいたエリスが笑い出した。
「さっき、あんなに大きな魔法を打ったんだもん。魔力切れなんじゃない?」
「あ、あぁそ、そうだな!そ、魔力切れだよな。はは、試しただけ…」
ポン
「!?」
俺の肩にエリスが頭をおく。
「エリス…!?」
こんなのご褒美でしかないだろ!遂に異世界に来たってもんだぜ。それとも何だ、もしかして俺さっきのオークに殺されたのか?ここは天国なのか??
「私ね、死んじゃうかと思った。」
肩を枕にしたエリスが斜め上、空を見上げながら呟いた。
「オークを目の前にしたとき、小さいころ記憶を思い出したの。」
(小さいころ…?エリスはオークに遭ったことがあるのか?)
「無力感というか、もう終わりなんだなって思った。」
エリスは寄りかかっていた俺の肩から身を起こし、改めて俺の顔を覗き込んだ。
「せっかく、楽しい生活を送れるって思ったのに。私、シスターとして神様に御奉仕してきたのに、こんなのってないじゃんって思った。」
そう言うエリスの声は震え、彼女の瞳には再び涙が浮かび上がっていた。
「でも気付いたらオークは消滅してた。ハヤトが倒してくれたからだよ。あなたは私が思っていたよりずっと強くて、ずっと勇敢で。」
頬を紅く染めるエリスは今まで見た彼女のどんなときも子供のようで、それでいて素直だった。
「だからね、ありがとう。私を救ってくれて。」
彼女から発せられた感謝の言葉は、俺が生きてきたことの最大の価値なんだろう。
「いつだって、助けるよ。」
俺はそう言って、もう一度エリスの肩を抱き寄せた。
(ポムッポムッ)
何か聞き覚えのある音がする。振り向くと、先ほどと同じ個体なのだろうか?スライムがいた。
「あっ!スライム!オークがいなくなったから出てきたのね!」
スライムを見るや否や、エリスはたちまちいつもの快活な少女に戻った。
「よかったな、生きられて。」
俺はスライムの頭?を撫でる。冷たくて気持ちがいい。
「ん???」
スライムを撫でているとなんだか緑色に変色していった。
「あら!このスライム、ハヤトに主従の契約を求めてるじゃない。」
「主従の契約?なんだそれ。」
「えっとね、主従の契約っていうのはその名の通りモンスターやクリーチャーを付き従わせて主従の関係を結ぶことよ。主従関係を結んだ主と奉仕者。二つが契約の下に共同体となるの。まぁ簡単に言うとマスターがサーヴァントに命令するとサーヴァントはそれに従うって感じね。」
主従の契約。なんかゲームみたいだ。
「さっき契約を求めてるって言ってたけれど、どういうこと?」
「えっとね、このスライム、緑色じゃない?モンスターが友好を示すとき、体の一部が緑色に変色するの。スライムの場合は全身が緑色になるんだけれどね。」
「なるほど…。」
「この子はさっきオークに襲われそうになってたじゃない?だからハヤトが倒してくれて恩義を覚えたのよ。とにかく、この子に手をかざしてごらん。」
俺はエリスに言われたようにスライムに手をかざす。すると、煌びやかな光に包まれかざした右の手のひらに温かい感覚が伝わってきた。さっき魔法を行使したときに感じたものと同じ、身体中の血液が循環する。しかし、さっきとは少し違う何かを感じる、冷たくスルスルとした流動が身体をめぐる。何なのかはわからないけれど、何となくわかる、スライムとのつながりを感じる。
気づくと、左手の甲には羽の様な紋様が浮かび上がり、光は徐々に失われた。
「終わったみたいだね。」
「これで終わりなのか?」
「うん、ハヤトも気づいていると思うけど、左手にマークが浮かんでいるでしょ?それは初めて主従の契約を交わすマスターがサーヴァントを所有していることを証明するものなの。」
「これが…」
自分の左手に刻まれたものをもう一度みる。鳥の羽の様なもの、もっというなら鷹の様なものだ。
「そうだ!せっかくだし、名前を付けてみれば?せっかくのはじめのサーヴァントだし、名前もないのはかわいそうじゃない?」
「名前…、名前か。」
そのとき、スミノフの方から鐘の音が聞こえてきた。
「あっ!もうこんな時間!暗くなってきたし、そろそろ帰りましょ!」
鐘の音…。
「ベル…。」
「ん??」
「ベル。こいつの名前、ベルにするよ。」
「まぁ!鐘の音からとったのね!いいんじゃない、ベル!」
エリスの大袈裟な拍手と賛美に包まれながら、俺はスライムの方に顔を向け、膝をかかげた。
「今日からよろしくな、ベル!」
するとベルは嬉しそうに、ぴょいと跳ねてこちらに飛び込んできた。
「じゃあ、帰りましょ!今日あったこと、みんなに話さなきゃ!」
「なんでエリスが得意気なんだ。」
得意気なエリスと少しうれしい気分の俺は、足早に森を後にした。ベルと一緒に。




