第42話 人魚族の地雷
さあて、やってきました!
人魚族ご招待ですよー!
聖地の大神殿島から七つの島の上空を大移動するでっかい虹のストローのような海流スライダーの準備は万全です。
「では人魚族の皆さん。海中王都にあった以前の聖地への門も新しくなりました。これより、海中王都の新しい聖地への門は海流スライダーの入退場門になります」
人魚国専属の青のカノンが海中王都で人魚族たちに最終説明、最終確認をしている。
先に見学はしなくていいんだって。
青のカノンも人魚姿だよ!
「もしも、海流スライダーがあまりに怖いなどの理由で途中退場したい場合は、リタイアと声に出すか強く思ってください」
海流スライダーは超ロングコースだし緊急脱出用のセーフワード、大事。
恐怖心が限界っぽくなったら強制退場でもある。心肺停止でもしたらヤバいからね。
「あっはっはっは! 大丈夫だカノン。それはあり得ない」
人魚族の兄王くん。
大笑いから一転、真顔で『それはあり得ない』と深海のように冷たい声で言い放ちました。
いつもだいたい朗らかでご機嫌な陽キャの真顔怖えええッ!
え? なに? プライド刺激した系?
南国から一転南極に飛ばされた気分なんだが? 兄王くん以外の人魚族もガラリと表情が抜け落ちたように真顔なんだが?
「女神さまは俺たちが渦潮如きに負けると思ってるんだろ? 子どもでも勝てるとわかってない」
どう見ても聞いても、おこだね……。
兄王くんも他の人魚族の皆さんも急にその真顔なに?
女神そんなこと思ってないよ。
なんなのその誤解?
それは絶対に誤解だが……。
「……はあ。結局こうなるのか。ギラデスから行くか?」
「ああ。王族が一度聖地へ行けばまたしばらくは満足するだろ。今は俺とシェジュが海の支配者である人魚族の王だ」
「次はぼくが行く……」
ちょっと待って。
王族のおじいちゃんどころかシェジュ王くんまで冷たい表情と声してる……。
急にどうしてこうなった?
地雷踏んだみたいになってるけど、その地雷は何? 何が駄目だったの?
「落ち着いてください。何か誤解があります。海流スライダーは人魚族が笑顔になればと女神フクさまが創造されたのですよ」
青のカノーン!
呆れ顔で王族たちを見る。
「笑顔、ねえ」
一瞬ギラリと青のカノンを睨んだ人魚族の兄王くんことギラデスさん。
怖えええよッ!
なに? 女神の何が悪かったの? なんでそんなに急に怒ってんの?
「あの屑神と同じようにする気だろ?」
「……同じようにとは?」
「まーた俺たちを騙して神罰が嫌なら聖地に来い来い言うんだろ? 本当は巫女がいないから来たんだろ?」
は?
え? ちょっと待ってちょっと待って。
騙して?
「いっつもそうだよなあ。本当は俺たちに別の巫女を用意させたいだけなんだろ。結局俺たちのことを馬鹿にしてんだろ?」
「神と女神フクさまが同じだと言ってます?」
「そうだろ? 渦潮如きに俺たちが負けると思ってる」
「負けるではありません。海流スライダーは楽しむもの。勝負事ではありません」
「……じゃあなんで俺たちが怖がると言った? どうせこれもまた神罰だろ? 好きにすればいい」
は? はああああああッ!?
ちょ、え? 違うし、神さまくん人魚族に何しやがった!?
「どうせ殺す気がない神罰ならまた暴れるか」
「ギラデスが屑神ってカノンの前で言っちゃったものねー」
「ミラクル帰還とかいらないって言っても絶対くれる時点で女神も怪しかったじゃん。レストランとか絶対嫌がらせだよ。もうパパたちみたいに王都捨てようよ」
ちょっと待って王族!
おじいちゃんもママも妹姫も待って!
妹姫、王都捨てたって言った?
行方不明じゃなくて捨てたの!?
「楽しい話は全部嘘。ぼくはまた……あんなに可愛くても……また、全部嘘なら、ぼくはもういいかな……」
違う! シェジュ王くん違うから!
ヤバい完全にやらかした!
シェジュ王くんの陰キャ原因じゃなくて人魚族全体の過去をもっと見るべきだった!
「違います。女神フクさまがそんなことをするわけがない」
「ッ!」
「行きなさい人魚族の王」
「ギラデス!?」
「兄ちゃんッ!」
わたしが焦ってたら、青のカノンが兄王くんを門にぶん投げるように海流スライダーへ入場させました。
え?
い、いらっしゃいませえええッ!
ようこそ海流スライダーへ!
「は? これ防御どころじゃッうああああああッ!?」
人魚族初めてのお客さまギラデスくん。
流されています。
それはもう洗濯機や竜巻よりも激しく、上下左右にジェットコースター&トルネードする海流スライダーに流されております。
そして十秒後――。
「必要だったようですね、リタイア」
「…………は? な、なんだあれ?」
投げ込まれた海流スライダーから緊急脱出したギラデスくん。
海中王都に瞬間移動で強制帰還されてポカーンとしてます。
青のカノンに金縛りのように動きを制限されている人魚族の皆さんも、緊急脱出してきたギラデスくんにポカーンとしてます。
流れ変わったな――。
「必要だったでしょう、リタイア?」
「え?」
「必要でしょう、リタイア」
「……………………」
「人魚族の強さならば慣れればこれくらい平気だろうと、これくらいの方が楽しいだろうと女神フクさまがお考えになった人魚族専用の海流スライダーです。ですが慣れないうちは、必要でしょうリタイア?」
ずずいっとギラデスくんに詰め寄る青のカノンが、今度は真顔です。
ちなみに青のカノンは読み専で、白のカノンたちにせっせと手作りクッキーを差し入れしています。青のカノンの最推しNL系サークルが、白のカノンの“白い青春ミルク”なんだ。
NLと百合以外地雷なのが青のカノンです。
「人魚族が望むのなら、カノンが女神フクさまに伝えますよ。海流スライダーにリタイアなど不要です、と。どうします? 女神フクさまに今ここでカノンが伝えましょうか?」
「いや! そ……それは、だめ…………」
ちょっと何かを察したっぽい人魚族の皆さんが、目をそらし始めました。
「必要でしょう、リタイア?」
「……ひ、必要だった」
「海流スライダーは神罰でしたか?」
「違った」
「綺麗でしょう?」
「な、なんか……凄かった……。ごめん」
いいよいいよ!
神さまくんがなんかしたんでしょ!
人魚族が実は神さまくんのガチアンチだったと気づいてなかった女神もマジで悪かったよ!
正直、試し行動かよ、みたいなことは思ってたけどね。
「ちょっと、もう一回」
「待ちなさい」
「え?」
「楽しかったです? 海流スライダー」
意地悪くニヤッとする青のカノン。
「あれ、凄かった」
ギラデスくん。
凄かったことしか覚えてない。
「……みんなもカノンと女神さまにごめんなさいしよう?」
最終的に兄王ギラデスくんはそう言いました。
女神もごめんなさい。
神さまくん人魚族に恨まれることしてたわ。人魚族が神さまくんガチアンチになった理由もわかりました。
女神が落ち着くために、一旦休憩どころか休止を選ぶレベル。
神さまくんはあの川が通り道だけの聖地に、嵐の日にしか来ない人魚族がたいそう気に入らなかったみたいでね。
空路と海路。みんなが仲良くするために必要だと神さまくんが創造した超チート種族の竜人族と人魚族。
竜人族は白鱗の巫女とも他種族とも仲良くしてるのに人魚族は他種族がいないときの聖地にしか来ないって、はっきり言えば八つ当たりしてたの。
人魚族だけが門番も聖地にいないしそもそも来ない。聖地に来いって、それはもう理不尽に人魚族を責めてた。
思い返せば人魚族は女神の石像破壊事件後、ルジェタさんの罰を受けてる獣族人族の門番たちをジーっと無表情で見てたわ。
人魚族は青のカノンにも実は半信半疑で対応してたみたい。
ほんと、それでもよく青のカノンを受け入れてくれたわ。
信じられない。
わたしももう神さまくんに慈悲はないけど、まだ怒れるとは思わなかったよ。
クズどころじゃねーわあいつ。
神ってそんなもんか?
神さまくんはそうだ。
なんだよあいつ。
少なくとも、わたしが思う神さまとはなんか違う。なんだろうな。
他にもね、もう。
今は女神の精神上思い出しちゃいけない。
もっと修行しないとね女神。
まあ、その最終結果が主に自主的にハブられる人魚族ですわ。
人魚族は行方不明じゃなかったのか、とも思ったけど状況的にはほぼ行方不明だった。
真っ先に王都を出たのは人魚族の巫女。王都に帰ったら神託伝えるわーと、絶対に王都に帰らない旅に出た。
他の人魚族は王都なんてもういらねえとか言って新しい住処を探しに行ってるけど、王都を見失ってるし、海で迷子中だわ。
「もう一回海流スライダーに行ってくる」
「え? 兄ちゃん……?」
「もう一回行ってくる」
まあ、なんだかんだあったけれども海流スライダー気に入ってくれた?
ドキドキしながら見守る。
「おああああああ――――ッ!」
ギラデスくんはとんでもない速度で虹の中を流れていく。
そうして二度目は門から退場してきたギラデスくん。
「あっはっはっは! 今度はリタイアしなかったぞ! もう一回行ってくる!」
気に入った!
ギラデスくん絶対気に入った!
退場してすぐ入場してる!
「ちょっと待ちなさい」
「……もう一回」
「待ちなさい」
海流スライダー五度目の退場で青のカノンがギラデスくんを止めました。
「色がどんどん来る」
ギラデスくんが海流スライダーの感想をみんなに話してます。
最初にリタイアしたのは激流じゃなくて色に驚いたんだって。
外の景色が見れるように透明な部分もあるけど、基本的には虹のグラデーションやねじり飴みたいな虹の渦巻き螺旋だものね。
深海育ちのおめめがびっくりしたらしい。
「色がたくさん、どんどん来るからびっくりする。最初はちょっぴり見た方がいい」
「ちょっぴり……」
「ちょっぴりね」
兄王の助言を受けて薄目の練習をするシェジュ王くんとママたち。
まずは王族からのようだ。
順番に入場して行きます。
「あ、あれが? に、虹だった……?」
「空? 空が見えた……?」
「色って……色……いっぱいだった……」
「色……色が凄かったな……」
退場してきたシェジュ王くんとママと妹姫と自称おじいちゃん。
えらく驚いたようだ。
ちょっと混乱してる?
視覚からの刺激が強すぎる?
「ちょっとママもう一回」
「俺ももう一回」
「私ももう一回」
「ぼ、ぼくももう一回行く」
「俺も行く! 俺も!」
「待ちなさい。王族がひとりは残らないといけません」
ママ、おじいちゃん、妹姫、シェジュ王くん、そしてもう六回目の兄王ギラデスくんはママが戻ってからです。
人魚族の王族が一列に並びました。
海流スライダーはひとり入場したら次の方は三十秒経ってからしか入場出来ない、安全性を考慮した仕様であります。
「ギラデス王は一度下がりなさい」
「ええー」
ママが戻るまでギラデスくんはお留守番。
これ念のために王族が王都にひとりのときは入場出来ないようにした方がいいね。
そわそわしてるものギラデスくん。
青のカノンが民たちも並ばせています。
そして結果は、
「なにあれえええっ!?」
「私飛んでた!」
「飛んでたよね! あれなに!?」
「わからん!」
「もう一回並んでくる!」
緊急脱出や退場してきた人魚族の民たちにも好評っぽい!
よかった、とじんわり涙目のわたし。
最初どうなるかとガチで焦ったからね!
本当によかった。
さて、女神運営としてはどうするか……。
とりあえず様子見だけど、うーん。
お互い様子見だよなコレ……。
女神はまだ人魚族に敵認定まではされてない。
人魚族の心が広すぎるせいで……。
「ここまで! そろそろ陸に上がって聖地へ行きますよ」
「え?」
「陸?」
「聖地?」
海流スライダーに兄王ギラデスくんが投げ込まれて二時間後、青のカノンが入場しようとする人魚族を止めました。
はい。すっかり聖地のことを忘れてるっぽいお顔の皆さんです。




