第22話 歴史は繰り返しやがて
「ふふー。あとさあ、言っていい?」
「どうぞ」
「フクエル欲しいって声がするんだけど、選べるアイテムとしてあり?」
「願われてます?」
「願われてます。一定以上の熱量で受信してるけどさあ、各国に女神の石像は絶対嫌なんでしょ。こっちは叶えてもいいかなと?」
わたし基準の熱量判定だから、めちゃくちゃ欲しがってる同族の気配がする。
わたしは秘書ぬいくん推しだけど。
聖地の女神の石像は、石像破壊事件のときだけバリア消したんだよね。
壊されようが汚されようが一瞬で全回復させた。やられるのわかってたからね。
ただわかっててもダメだったのがルジェタさん。今は我慢してーってやってたら、聖地での目撃者がガチギレしたんだわ。
気持ちは本当にありがとう。うれしい。
本当にうれしいけど、今はちょっと待ってくれと慌てた。
フクエルは動画担当で子供っぽいお姉さん。
わたしをデフォルメした二頭身のフクぬいをモデルに、天使っぽくデザインした。
わたしに似てるけど、ちょっとちがう。
わたし+フクぬい=フクエルだね。
サイズは妖精さんよりちょっと小柄の身長八センチ。フクぬいよりちっちゃい。
先端に星がついたステッキを持って、天使みたいにふわふわ浮いて飛んで説明してるよ。
秘書ぬいくんにフクぬいを奪われた経験から、秘書ぬいくんに絶対に見つからないように、ルジェタさんの私室だけで生活してる天使だよ。
元々は慰め用のはずだったのに何故か即座に監禁、じゃないや、フクぬいを奪われるルジェタさんを毎日慰めてたんだけど、本人が「動画? フクエルがやるー! 絶対絶対絶対フクエルがするー!」ってはりきりまして。
ルジェタさんが負けました。
「まあ、フクぬいは寝取られてしまったので、まあ、大切に大切に崇めるのなら、まあ、どうですかね。私のトラウマガチ地雷ですけど」
「フクエルアクリルスタンドとかは?」
「キス出来ますよね。一緒に寝れますよね。私の大天使フクエルでもガチ地雷ですけど」
「あ、そういう」
「ええ。無理ですね」
ニコ、と笑ったルジェタさん。
最近秘書ぬいくんに負け続けてるからなあ。
「まあ、ここまでガチで欲しいなら選べるアイテムにしなくても自作するよね」
「は?」
「するでしょ。それは許せよ公式から供給ないんだから。好きで欲しいから一生懸命作るんだよ。お金だって実は見えない特殊バリアありじゃん」
「……」
ルジェタさんの無言の抵抗がはじまった。
いいとも悪いとも言わない。
絶対に口を開かないという意志を感じる。
しかし、もうこれに慣れてるわたしはフッと笑い珈琲をひとくち啜った。
譲れない譲りたくないことはきっと誰だってあるさ。
わたしは負けず嫌い。
ルジェタさん?
わたしがわたしの理想と夢と現実と萌をこれでもかと詰め込んで創造をした、わたしだけの秘書くんだよ。
つまりこれは、ただの茶番です。
カチャリ、と珈琲カップを置いて、わたしは別の話を開始した。
「それと、もう秘書ぬいくんにフクぬいとのお昼寝完全に寝取られてるんだからお昼寝は諦めなよ。もう昼間絶対帰って来ないじゃん。寝取られた寝取られたってフクぬいにまで言うからだよ。『おやおや。随分とご機嫌ですね。私のフクぬいを寝取った秘書ぬい』とか言って裏で喧嘩売るからだよ。フクぬい実は見てたよ何回も。あれもう半分抗議の家出だよ。フクぬいちゃんと見てるから、やめなね。フクぬいはたぶん怒ってるんだよ」
「……」
ルジェタさんはわたしの話に、ピク、と反応をして心なし青褪めている。
フクぬいは怒ると面倒なんだ。
わたしでも、え? ってマジで思うほど大変なんだ。
どこからその要素来たのってガチで悩んだくらいだよ。
うちのお母さんだったわ。
普段怒らないひとが怒ると怖いし許してくれないの典型だったわ。
G沢がまだなんとかギリギリ耐えられるレベルのストーカーだったのも、お母さんのおかげだよ。
次は全員苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて、口パクで殺すと、G沢家に言ってたから。
ご近所さんの同級生ストーカーって、警察が相手にしてくれなくてね。
いろいろ、いろいろあったんだ。
それはさておき。
ここですかさず、譲歩案を提出するのだ。
「もうフクエルがお外に出たいと言わないかぎり、一度くらいお外に出してあげなとは言わないよ。分身が代わりに見てるので満足するだろうし。わたしがフクぬいのお散歩で満足してるから、たぶん大丈夫でしょ。フクエルの分身出させれば」
ルジェタさんが顔を上げた。
「フクが絶対に外に出したらと私に言わないで、お外に行きたくないかフクエルに直接聞かないのなら、まあ……」
ちょっと譲歩の余地を確認。
一気に畳みかける。
「いいよ。自主的に言うのを待つことにするよ。ジェフクタール人相手に同担拒否はしないよね。で、どうかな?」
「特殊ケース入りの絶対触れられない崇める専用の女神フクさまの使いフクエルを許可します。本物は私の部屋の大天使フクエルだけです。分身は幻影のようなもの。ええ、他は知りません。本物は私だけの大天使フクエルだけなので。フクとフクエルの偽物グッズを販売したら殺します」
ガチだね。
殺る気だね。
偽物グッズはわたしが譲歩だね。
「それ説明動画に入れなね。完全に利益目的の自作女神グッズを販売したら絶対駄目だって。あとジェフクタールの私的利用の範囲は広めにするから。仲良しさんとの間で販売や交換はあり。とりあえず一緒に外出許可ね。本物は永遠神界暮らしのフクエルなんだから。あと崇められるのは女神フクのみなので、却下します」
「……カノン族まで崇められることになりますからね。そうですね。私が監修します」
わかってくれた!
そして監修秘書くんルジェタさんという選べるアイテムが誕生した。
わたしもちょっと欲しい。
お金にわたしの顔デザインで揉めた再現のような言い争いプライスレス。
実はそのときに誕生したのがルジェタさんの大天使フクエルなのだ!
「フクぬいへの伝わらない愛に泣く秘書くんに、わたしが珈琲を淹れてあげよう」
「お願いします。ショックです」
両手で顔を覆って、涙目だと思われるルジェタさん。
フクエルを動画に出してた時点で、きっともう負けてたんだよ。
フクエルに涙目で「もうッ! ルジェ嫌いッ!」って言われてプイッとされて「待って! 嫌だ待ってくださいフクエル!」と負けた時点で、今回も負けてたんだよ。
ついでにトドメをさしておくよ。
「わたしとフクエルは秘書くんルジェタさんと一緒にいるからいいでしょう。って、もう茶番出来ないレベルだけど」
取り返しがつかないミス。
わたしは今、悲しみに包まれている。
「え、茶番出来ないレベルって何です? フク、実は嘘でしょう。いつものただのお出かけでしょうフクぬい」
ルジェタさん。とても焦るの巻。
本当はわかってるから涙目だよね。
だからこその、トドメだよ。
「探検目的のただのお出かけ期間はとっくに終了してました。現実から全力で目をそらすな。わたしに似てるフクぬいが、目的もなくただふらふらとするだけのお出かけを毎日するわけがないでしょ。無意味に外歩くの嫌いなんだから」
グサッ。
女神は秘書くんを現実で刺した。
「……ああ、嘘でしょう……フクぬい。違う、違うんですよ。あれは違うんです。あれは喧嘩ではなく、私はただフクぬいが私から寝取った秘書ぬいの方にばかり行くから……」
よろり。
後悔はあとからするから後悔なんだ。
「喧嘩売ってた自覚あって笑う。秘書ぬいくんにごめんなさいしようね」
ふぅ。
ようやくルジェタさんが現実を見て、見守ってたわたしは落ち着いた。
美味しい珈琲をひとくち。
ルジェタさんはぷるぷるしてる。
そして反論がはじまった。
「ドヤ顔する秘書ぬいが寝取られた私に先に謝るべきです。これ見よがしにフクぬいにお布団をかけてフクぬいのほっぺたにおやすみなさいのちゅーをして寝取られた私にドヤ顔するんですよ!」
「フクぬいが何回も見たのはルジェタさんが喧嘩売ってるとこだよ。ごめんなさいしようね」
再び現実でルジェタさんをグサッ。
「見てたなら言ってくださいよ」
ちょっと八つ当たりされるの巻。
仕返しにもう一度トドメを刺すの巻。
「気づいたら、もう修羅場見てたからいつも間に合わなかったんだよ。わたしたちだいたい最後までそっと覗いて、現地解散してたんだよ。珈琲淹れて来るね」
「あああ……っ」
ルジェタさんが秘書ぬいくんと一時休戦するのに、体感三日かかった。
フクぬいはそれでなんとか許してくれたようだった。
ルジェタさんが涙目で「秘書ぬいがドヤ顔するのを叱ってください」と言うようになった。
今度はしれっとドヤ顔したりする秘書ぬいくんが、フクぬいに叱られるようになった。
そしたら今度はルジェタさんが、秘書ぬいくんが、ルジェタさんが、やがて――。
「フクー!」
「あー。またルジェタくんがドヤ顔して秘書ぬいちゃんに喧嘩売ってるー」
「ぬっ……ぬっ……」
「フクー?」
「ちょっとそこの男子ー。秘書ぬいちゃん泣いちゃったじゃーん。謝りなよー」
「ぬぅ」
「これは違いますよそこの女神たち! 私より秘書ぬいでしょう! 彼はぶりっこをしてます! 秘書ぬいのこれは絶対泣き真似ですよ絶対にぶりっこです! 女神たちに対する嘘泣きぶりっこ詐欺罪で訴えてやります!」
「ぬっ……ぬぬぅ……」
「はーい。裁判チョー! 原告が入りまーす」
「大天使フクエル裁判所の裁判長フクエルだよ! みなさん静粛に! 判決! どっちも有罪! 今からフクエルたちの推し活時間とする!」
「は?」
「ぬ?」
「静粛に! フクエルたちはのんびりとひとりで過ごしたいから、最推しのルジェと秘書ぬいは今から一緒に仲良くジェフクタールに行くこと! これにて閉廷である!」
歴史は繰り返し、いずれ茶番となるのだ。




