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第13話 人族のシディス


 今日もまた俺は聖地へ行く。

 国から聖地へと一瞬で行ける神の門を通れば、そこが聖地だ。


「シディス。本当にもう痛くないのか? 脚に痛みは?」

「ああ。本当にもう何ともない。女神の花のおかげでな」

「そうか。気持ちはわかるが無理はするなよ。王が悲しまれる」

「王を悲しませたりしないさ。ここは聖地だ。戦場じゃないだろ」


 聖地側の門番をしている顔馴染みの肩を安心してくれと軽く叩いて階段へ向かう。


 若いときの戦で俺は片腕を失った。

 大腿には石槍を刺されてそこからグリグリと何度もねじ込まれて不自由になった。

 よく生きて戻ったと王は言ってくれたけれど、俺は生きているだけだった。仲間に後方へ運ばれてお荷物になっただけだった。


 神の敵は魔獣のような一族だ。

 俺たちは獣族と呼んでいる。

 あいつらは俺たちが走れないのに生きているのが面白いんだろう。

 腕は剣を持てないように魔法を放てないように斬り落とすか食い千切るが、足は落とさず痛めつけるのだ。ニヤニヤと笑って。


 獣族は脚が自慢のようだからな。

 だから俺たちはあいつらのご自慢の脚を狙って魔法をぶっこんでやるんだ。

 魔法は俺たち人族の方が圧倒的に上だ。獣族の魔法使いなんて滅多にいない。いたとしてもガキレベルだ。

 魔法で身体強化をすれば人族でも獣族並みに走れる。腕力だって負けないほどに強化出来る。

 俺たちの国を狙って涎を垂らす獣族。

 俺たちの王のように国を豊かに出来ないから奪おうとするんだろう。

 獣族の王は俺たちの豊かな土地を狙って牙を剥いて臭い涎を垂らすしか脳がない野蛮な獣だ。


「今日も来たのかシディス」

「ああ。王に素晴らしい盾を贈りたいんだ。鉱山が復活したら次の戦だからな。リファ王子の初陣になるかもしれないだろ。その前に聖地へ行きたいというのも理解できる」

「そういう噂だが、王族は王都にいるものだと必ず理解される。リファ王子はまだ若過ぎるだけだ。年若い王族にはよくある問題だよ。お前もそう無理をするな。腕が戻ったばかりじゃないか」

「歩く練習すらいらなかったんだ。女神のおかげでな。腕も完全に元通りになってる。俺だってすぐに盾が手に入るとは思ってないさ。皆、リファ王子を説得してる。でももしものために、盾を、何かいい防具を贈りたいんだ。渡すのは王にだ。王がダンジョンのいい防具を持っていると思えば、少しは安心だろ。リファ王子が神殿やダンジョンに行くことは許すかもしれないんだ。王がリファ王子へ防具を渡すときが来ない方がいいがな」

「そりゃあそうだ。当然だ。だがなあ、俺はお前も心配なんだよ」

「ダンジョンでみんなが待ってるんだ。そう心配することはないさ。無理には進まない」

「そうか。絶対に無理はするな。獣族のやつらは臭くても無視しろよ」

「ああ。わかってる。あの臭さに近づくのは魔蟲だけさ」

「違いない」


 階段の横へ立っている戦友と話して、長い階段を上る。

 そこにある門から一歩を踏み出せば、視界の先に巨大な女神の石像と神殿が見える。


「シディスか。気をつけてな」

「気をつけて」

「ああ。行ってくる」


 俺たちの国だけではなく、どの国の門も女神の石像の近くに出る。

 こちらの門番たちとは言葉少なく話して足を進める。

 他族の門には決して近づかない。

 他族の門に入ろうしても弾かれるらしいが、そもそも近づけば門番に襲われるからな。

 どの国も、女神の石像の前に立っている門番は綺羅びやかだ。

 だが、俺たちの国の門番たちが一番立派な剣と槍だ。兜も一番輝いている。


 太陽はまだ真上にない。

 ダンジョンへの集合時間にはまだ余裕がある。

 まずは女神に祈りを捧げなくてはと早めに来たのだ。


 理由はわからないが神が去り、今は女神が俺たちを見守っているのだ。

 人族の巫女は神に愛されたことがあるが、獣族の巫女は一度もないだろう。

 あれだけ神に嫌悪されているのにそれに気づかず、神殿で必死に供物も捧げずに大勢で祈ってるような馬鹿ばかりだからな。

 あいつらの巫女は一度も愛されないまま神は去っていかれたんだ。女神にも当然見たくもないほどに嫌われているに決まってる。

 女神は人を捧げることはお嫌いのようだが、女神だからな。王妃のように貞淑というものなのだろうと気づいて慌てて皆で祈りを捧げた。

 女神はお許しくださったとの巫女の言葉にどれほど安堵したことか。


 神がお怒りになれば山は火を吹き大地が激しく揺れてしまう。

 激しい雷雨に畑が流されて作物が実らず飢えることもあった。


 女神もお怒りになればそうなるだろう。


 早く獣族を殺さなければまた奴らが増えて、女神がお怒りになる。


 これからの供物をどうするか、それも王たちは悩んでいたが、きっと巫女へ神託があるだろう。俺たちは国で祈り、神託を待てばいい。

 神殿に大勢でやって来て、他族の目も気にせず、必死に祈りだけを捧げる獣族とは違うのだから。


「ああ。今日もお美しいな女神フクさま」


 見上げるほどの巨大な女神の白い石像。

 どうやってこの美しく巨大な石像をつくったのか、想像もつかない。

 神の偉大な力を感じて身震いするほどだ。


 神殿内に足を進めれば、また別の女神の石像がある。こちらは人族の少女と変わらない高さの石像である。

 様々な種族が祈りを捧げている。

 俺は少し離れた場所から感謝の祈りを捧げた。


 護衛なのか鋭い目つきで、時には涙を流しながら睨んでくる、髭がわさわさして腕が太く野太い体型の背が高い他族がいるんだ。

 これがなかなかに大柄で迫力があるため、聖地で目立つ髭の種族といえば、ああ、あいつらのことだとわかる。

 他にも髭の種族と同じように他族を睨む種族がいる。

 神殿には年寄りや子どもも来ているんだ。

 だが獣族もいないのに、おそらく護衛なのだろうが、ここでの争いは絶対に避けなければならないのに何故誰にでも睨んでくるのか理解出来ん。

 他族とはいえ子どもにまで泣きながら睨みつけることはないと思う。

 そんなに睨みたいのなら獣族のガキにすればいいのだ。

 獣族ならばいくら痛めつけて殺してもいいと、あいつらは知らないんだろうな。

 あの汚い耳や尻尾を切ったり焼いたりすると胸がスッとする。

 ガキのくせにギャンギャン吠えて、本当に鳴き声まで獣なんだとわかる。


 無駄に繁殖しないようにオスは牙を砕いて去勢して、獣族はこうやって生きるようにと、手本として生きたまま国境に投げ捨ててやるんだ。

 獣族はガキのうちに捕まえて処理しておかないと無駄に増える。

 何度やっても馬鹿な獣族は理解しない。

 獣族が増えると集団で徘徊して、妊婦や子どもを狙って食い千切るんだ。

 俺の母も、まだ幼かった妹も、突然食い千切られた。

 妊婦だった母の腹には獣族の歪な石槍。

 本当に一瞬の出来事だった。

 父が幼い俺を抱えて何とか逃げたんだ。

 そういうことを知らないから、聖地で他族を睨むことになるんだろう。


 もしかしたら獣族のように神に嫌悪されている他族がいるのか? とも皆で考えたが、聖地で見る限り獣族ほど愚かで極悪な種族はいないからな。なにか勘違いでもして、ああしているんだろう。

 俺たちはそういう愚かな真似はしない。

 だが念の為に他族には近づかない。

 ほとんどの他族は目元しか見えないように、顔を布で隠しているんだ。

 神殿に連れてきた赤子まで顔を隠してる。

 あの布の下に、恐ろしく尖った牙があるのかもしれない。念の為だ。

 視線も合わせないように、間違ってもぶつからないように神経を尖らせて歩く。


 神殿を出てダンジョンへ向かう途中に、天まで届きそうなほどに高い試練の塔が立っている。

 以前に、俺の親父が挑戦した試練の塔だ。

 死人を生き返らせることは出来ない、何度も同じ願いを叶えるために挑戦することは出来ないということはわかっている試練の塔。

 最上階まで行けば、願いが叶うらしい。

 強い願いを胸に扉が開けば挑戦出来る。


 俺の親父は俺の腕と脚を治そうと挑戦した。

 治癒魔法で治ったのは傷だけで、腕は無くなったままだった。あれだけ血を流したのに生きていることが不思議なくらいだったが、時が経てば多くを望んでしまうのは親父も俺と同じだったんだ。

 どうにかして、俺の腕と脚が元に戻らないだろうか。

 そう俺のために、親父は挑戦したんだ。

 だが、親父は失敗した。

 試練の塔にいるはずのない姫が目の前で倒れて看病をしていたら、塔の入口に戻されたそうだ。


 試練の塔には時間制限があると、扉を開けたときに聞こえたのに、今にも死にそうに青ざめたまだ幼い姫をおいて進めなかったと泣いた。

 国に帰れば姫は偽者だったとわかるが、塔の中では偽者かどうかなんてわからない。

 それは俺でも無理だ。

 塔の冷たい床に死にそうな顔色をした我らの大切な姫をおいて行くなど、想像するだけで無理だ。


 これが試練の塔なのだ。

 そう簡単に願いは叶うことはないのだ。


 そう思っていたら、女神が奇跡の花を授けてくださったのだから人生は何が起こるかわからない。

 俺以外の諦めていた者もたくさん救われた。

 家でも毎日女神に祈る日々だ。

 だからこそ、女神なら男だと国一番美しい男を女神へと皆で張り切ってしまったんだよな……。

 今日も女神に心底謝って心底感謝した。

 王も親父も皆気持ちは同じはずだ。

 少なくとも親父は毎日そうだ。


「あっ、シディスさん! ここです!」

「早いなリティカ。今日はよろしく頼むよ」


 ダンジョン前の一角にもう仲間がいた。

 治癒魔法が得意なリティカだ。俺の腕と脚の傷を治してくれた戦友の女性だ。


「さっき獣のやつら手ぶらで帰って行きましたよ。血だらけで臭い臭い」

「ふはっ。あいつらの仲間にはリティカたちのように優秀な治癒魔法使いがいないんだろ。しかも手ぶらか。ざまあないな」

「あいつらの魔法は呆れるほどしょっぼいですからね。血も止められないんですよ。ボタボタと地面に血の跡を残して魔獣以下ですよ」

「あはははは。そうだな。魔獣以下だ。血を拭く布すらないんだろうさ」

「服もボロッボロですもん。せめて洗えばいいのにと思いましたけど、あれ洗ったら破れるから洗えないんでしょうきっと。聖地だというのにとんでもなく臭いしボロッボロでみっともない」

「魔獣以下だから気にならないんだろう。いや、もしかしたらやつらの一張羅だったのかもしれんぞ? 次の戦は裸で襲ってくるかもな」

「あははははっ。あれが獣の一番いい服! とんでもない魔獣以下だから服を着ているだけマシなんですね。戦場で笑わないようにみんなに伝えておかなきゃ」

「随分楽しそうだな。何の話だ?」

「楽しい話です?」

「あっ、みんな来ましたねえ。聞いてくださいよ。さっき獣のやつらが――」


 一応声を潜めて笑っているが、皆もリティカの話を聞いて腹が辛そうだ。

 しかし、ダンジョンに入る前にほどよく緊張が解れた気がする。

 そういえば最近、皆でこうして笑うことが増えた気がする。俺が腕を失って、試練の塔に失敗して以来あれだけ背中を丸めて落ち込んでいた親父もよく笑うようになった。


 リティカとこうしてまた笑い合うのも随分と久しぶりのような――。


「では行きますか。我らが王のために」

「「「「王のために」」」」


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