第9話 秘書吸い
今まで、神さまくんがどんな恩寵を世界にもたらしてきたのか。
わたしはそれを知るために秘書くんに抱きつきスーハースーハーと深呼吸をした。
いい匂い。今日もいい匂い。これが癒やし。
「そろそろ私も抱き締めてよろしいですか?」
「ダメです。これはスーハースーハーであってハグではないので。これはわたしの秘書吸いなので」
わたしの必死さが伝わったのかルジェタさんは小さく笑って許してくれた。ありがたや。
さて、美味しいカフェオレとガトーショコラで脳へ糖分を補給したし、秘書吸いで癒やし補給もいつでも可能。
ソファーに座ったルジェタさんの胸元に顔をうずめて全身で抱きつき離れる気はない。
さて、問題の供物について考えますか。
まずは、ジェフクタールについて頭の中を整理しよう。
ジェフクタールは地球とは、まったく別物の世界だ。
人間だけではなく、多様な種族が生きる世界。
種族によって寿命も生活スタイルも違う。
地球では国によって言語も違い、外国ではこれはタブーといった自国にはないルールに戸惑うこともあった。
日本ならば海外旅行の前に色々と調べて、トラブルにならないように気をつけたりもするだろう。
ジェフクタールはこの調べるということの難易度が不可能レベルで高い。
識字率が低い。通訳翻訳出来る人は国の上層部にはいる……のだろうか。いや、いないなきっと。
識字率どころか文字がない国も多い。
他種族と対話する気もほぼないんだ。
これはあくまでも例え話だけど。
「何故りんごの皮を剥くんだ!」
『あ? こいつなに急に怒ってんだ?』
「やめろ! ここでりんごの皮を剥くな!」
『お、おい! こいつ俺のりんごを盗る気かこのやろう!』
簡単に言えばこういったトラブルが起きやすいのがジェフクタールという世界なのだ。
「りんごの皮を剥くなんて魔物を呼び寄せる気だったに決まってる!」
『こいつが急に俺のりんごを盗ろうと襲ってきやがった!』
とある種族の国では、外で果物の皮を剥くなんて虫系の魔物にみんなで襲ってくださいと餌をばら撒く自殺行為に等しい。
とある種族の国では、りんごの皮はなんの疑問もなく剥く。手にしたらそのまま剥いて食べるなんて子どもでもやっている普通のこと。
お互いの言葉が通じないため、それぞれの言い分で殴り合う。
「なんだって!? ここでりんごの皮を剥こうとしたのか! なんてヤツだ! ここには子どももいるんだぞ!」
『おい! 誰か来てくれ! 聖地で見た他種族がいた! 他種族が襲ってきやがった! みんな殺されるぞ!』
二人のいざこざから大人数での事件に、種族間の争いに、国家間での対立に――。
こういうことが起こるのだ。
ルジェタさんがピリピリしている人が多いと言っていたが、こういうトラブルが起きやすいのも原因のひとつだろう。
ダンジョンは世界の中心、神殿と試練の塔がある聖地という特別な場所にしかないのだから。
聖地に魔物は近づかないってのはこの世界の常識だけどね。これはあくまでも例え話よ。
隣国同士だとこういうトラブルから争いになるんだよ。他種族の国がどこにあるかも知らないから、住めそうな土地を探してたら隣国でした! みたいな。
姿形だけは知ってる他種族。
聖地には世界中からあらゆる種族が集う。
だって神さまの神殿や大きな石像を一生に一度は見たいんだもの。
だって運が良ければ神さまが現れるかもしれないもの。
だって試練の塔に挑戦してでも叶えたい願いがあるんだもの。
だってダンジョンには自国では絶対に手に入らない素晴らしいお宝があるんだもの。
だって神さまの神殿でお祈りすればダンジョンに潜れる冒険者っていうのになれるんだもの。
冒険者の証ってカッコいいだろ。ダンジョンで魔物をたくさん殺せば色が変わるんだ。この証が金色になれば国で強さの証明になるのさ!
ちょっと待てとわたしは言いたい。
まずはお互い言葉が通じるようになって、せめて百年は経ってからやろ。
神さまくんにこの話を聞いたときね、「なんで冒険者? ダンジョン?」と聞いたらね、「神さま通信で今の流行りはこれだって特集があってね。人々はこういう生き方が夢や希望になる。スラムの孤児でも貧民でも夢を追いかけて走り出すってあったんだ。まあジェフクタールにスラムなんて絶対ないけど。でも戦争にならないように強い魔物もたくさんいる世界にしたのに、あいつら戦争をするんだよ。魔物だけとみんなで力を合わせて戦って欲しいのに。なんで予定外の他種族と戦争になるんだよ。魔物だけと戦う世界のはずなのにさ。聖地でも国でも全然仲良くしないし喧嘩するしほんともう見ていられないよ」と語ってくれたよ。
あの重犯罪馬ペガサス野郎はガチで飼い主に似たのかもしれないよね。
何故思考を覗き見しない。
わたしにはしてきたのに、って思いつつも話してたらさ、神さまルールなのかわからんけど、わたしが地球人か死んだ状態だったから思考覗き見したみたい。
とにかく自分の世界の人には思考覗き見一切してないんだわ。
プライドの問題ぽかったけどね。わざわざ覗き見なくても、ジェフクタールなら理想どおりの世界になるに決まってる! みたいな。
わたしがこの世界の最高神になってルジェタさんとキャッキャしてゲームをする前に、まずしたことのひとつがダンジョンの宝物に翻訳の魔道具をぶっこむことだったんだ。
これは世界の危機だと思ってね。
今はわたしの石像がある神殿で引き続き冒険者の証は発行しているけどね、山のような問題点を改善して。
ジェフクタールは神さまくんが初めて創造した世界。
問題点は正直めちゃくちゃある。
神さまくんの夢や理想がぶち込まれた、とんでもない世界だよ。
ぶっちゃけ、世界を星に託すというのは綺麗な言い方をしているだけで、本音は滅ぶ前に見捨てたんだと思う。
どうするつもりだったのこの世界。
もう神さまくんにはどうにもならないから新しい世界を創造するんでしょってね。
満足したから次の世界を創造する? 満足出来ないしもう見たくないからこの世界がめちゃくちゃになるかもしれないけど、次に行くんじゃないの?
星が見守っていたけれど、だめになっちゃった世界は多い。
そういう言い訳だとわたしは思ってる。
創造主がその世界から離れていた間に文明がひとつ終わってしまった。という責任逃れだとわたしは判断した。
神さまには神さまのルールがあるんだろうさ。
元人間のわたしには理解出来ないけれど、神は七日間で世界をつくったって話を思い出したよ。
わたしはこの無責任対策として、後になって「やっぱりこの世界は直接見守るよー」と神さまくんが言えない出来ないようにしている。
ジェフクタールはもうわたしの世界なのだ。
神はわたし。以上。
聖地の神さまくんの神殿はわたしの神殿に生まれ変わってる。
たぶんねー、神さまくんは今でもわたしをチラ見してるんだ。
神さま通信とかいう他の神さまの自慢情報より、マシだと思うよ。
あれはないと元人間は思うから。




