考えすぎてたかも
これで春乃坂学園ゴルフ部は、四人目の選手までプレーを終えた。
現在、トータル5オーバーは、団体戦で二位。
後は主将の吉瀬咲緒里に託すのみだが、問題は優勝候補の高校がどこも副将と主将を残していることだ。
実力のある選手が後半に控えているこの大会は、最後まで予測がつかない。
春乃坂学園を追う三校との差も四打しかなく、僅かなミスでも簡単に引っくり返るような数字であった。
それを踏まえての春乃坂学園陣営。
クラブハウス休憩室の一角に陣取った彼女たちは、現在の状況を確認しつつ対策を練っていた。
「竜峰学園とは二打差ですか」
「ええ、ちょっと厳しいわね」
そう話すのは、保護者枠の詩穂と顧問の東矢章乃。
他に一年生でプレーを終えた選手もいるが、瑠利はソファーでお昼寝、平倉萌花と濱吉陽菜乃は話を聞いているかどうか怪しい状況だ。
というのも、二人のスコアーは、萌花が95(48、47)スコアー、陽菜乃は91(47、44)スコアーと、どちらも90を切れずに残念な結果であった。
二人とも予選落ちは確定し、明日は他の二人と一緒に応援にまわる予定であるが、競技を終えた後ということもあり、興奮冷めやらずといった状態である。
詩穂と章乃が順位の確認や分析を行っている後ろの席で今日あった出来事を話し合い、今後どんな練習をしてけばもっと上手くなれるかと、相談し始めていた。
そのため、一年生三人はそっちのけで、詩穂と章乃は話を続けた。
「では、二位を死守ですか?」
「そうね、できたらそうしたいけど、どこも主将と副将が残っているから……」
そう語る東矢章乃の不安は、まさにそこだった。
どこも残る選手は実力者ばかりで、どちらか一方でも崩れてくれればチャンスもあるが、二人とも伸ばしてくれば一気に順位は入れ替わることとなる。
「そうなると、まずは桜花東ですね。あそこはさっき戻ってきた選手が後半をパープレーで終えているので、差は四打で変わっていません。次の安城さんがどれくらいで終えるかですけど、彼女は意外とムラがありますからね」
「ええ、期待するのは申し訳ないけど、差が縮まらないことを祈るわ」
その会話にあがる選手は桜花東高校の副将・安城風花。
彼女は前半を37スコアーで終えており、安定感抜群のショットが武器の選手だ。
けれど、パッティングにはややムラがあり、その日の出来次第で大きく崩れることも多く、このあとスコアーを伸ばして来るとは考えにくかった。
と、そこへ情報集めに出ていた早嶋優良が戻ってくる。
彼女は西原紗英と一緒に18番グリーン近くで待機し、あがってくる選手のスコアーを確認しているのだ。
早嶋優良は東矢章乃と詩穂の前まで来ると、息を整える。
そして、嬉しそうな表情を浮かべて、調べてきた情報を二人に伝えた。
「桜花東の安城さんがプレーを終えました」
「そう、それでスコアーは?」
「はい、後半を36でトータル73(37、36)スコアーでした」
キラキラと目を輝かせて、そう報告する早嶋優良。
それに東矢章乃は少し考える素振りを見せる。
「えっ……ってことはつまり……」
「四打差変わらずということですね。早嶋さんお疲れさま」
「はい!」
そう元気よく返事をした優良は、楽しげな様子でソファーで眠る瑠利に近づき、彼女のホッペをプニプニ。
「ふふふ、よく寝てるね。そんなルリには、ホッペのびーるの刑よ」
そして寝ている瑠利のホッペを引っ張たりプニプニしたりと一頻り楽しんだ後、「では、行ってきます」と、二人に告げて出ていく彼女に、詩穂と東矢章乃はクスッと笑みを溢す。
「何してんだか。ルリちゃんの頬がちょっと赤くなってるじゃない」
「そうね。でも、私たち考えすぎてたかも。こうして朝陽さんはグッスリだし、あの子たちも気負った様子は見えないわ。もちろん上級生の子たちは違うかもしれないけど、一年生たちは伸び伸びしているわね」
それは後ろの席で話をする萌花と陽菜乃も同じことだ。
二人とも優良がプニった瑠利のホッペを擦り、「すごい、柔らかい」とか、「ほんとだ。ルリのホッペって赤ちゃんみたい」などと、同じように遊び始めていた。
そんなことで、真剣に考えることがバカらしくなってきた詩穂と章乃。
ちなみにカエデと佳奈美は明日の決勝のためにと、パッティング練習をしている。
二人ともトップテンには少し厳しい成績だが、諦めたわけではない。
もしかするとアンダーで周れてしまい、奇跡が起きるかもしれないのだ。
舞木りんがスコアーを伸ばせた理由もパッティングにありと聞いているだけに、その練習には力が入る。
とはいえ、そう甘くないのもゴルフ。
特に、今年はレベルが高く、その要因となっているのが瑠利であると気付いている者は少なかった。
「私たちも、あとは吉瀬さんに任せましょう」
「ええ、サオリならきっとやってくれるわ。あの子も佳斗おじさんに憧れていた一人だもの」
詩穂は章乃の言葉に頷くと、クラブハウスの窓から覗く18番ホールを眺める。
これまで正式に神川佳斗の弟子というものは存在しなかったが、もしいたとしたら一番弟子は瑠利ではなく、咲緒里だったと彼女は知っていた。
「あんたもプロになりたいんでしょう。だったら、ここで結果を出してみなさいね」
それは誰にも聞こえることなどないほどの小さな呟きだったが、寝ていたはずの瑠利の耳がピクッと動いたことに、気付く者はいなかった。




