急激な変化
後半に入り、舞木りんは絶好調だった。
面白いようにパットが入り、バーディーを積み上げていく。
ここまで七ホールを終えて、3アンダー。
前半はパープレーだったので、トータルでもそのままだ。
ただ、急な覚醒は予想以上に体力を消耗させる。
ゴルフはハーフを2時間かけてコースを歩くため、上がり三ホールともなれば最も疲労が蓄積している頃だ。
おまけに、これは団体戦。
自身の一打が勝負を分けるかもしれないとなれば、更に負担は増す。
「あれ……」
リンは一瞬だけ、力が抜けるのを感じた。
けれど、それを気のせいと考え、17番ホールのティーグランドへ向かう。
「うん、大丈夫」
残るはあと二ホール。
足もしっかり歩けているし、まだいける。
そう考えていたが、身体は正直だ。
ほんのわずかなズレが小さなミスを引き起こすことも、またゴルフ。
数多くの選手が苦戦してきた高低差30ヤードのショートで、リンの球は大きく曲がった。
「あっ、いけない」
それはこのホールで最もやってはいけないミス。
彼女の打球は元々のフェード(右に曲がる)軌道もあって、グリーンを大きく逸れて右のラフへ。
ピンポジションも右の端であり、そちらからは下り傾斜であるため、アプローチを寄せることも難しい状況だ。
あとは頼みの綱であるパッティングに賭けるしかないが、実は彼女の生命線とも言っていい集中力が失われつつあった。
「アレを乗せて、1パットで沈めれば、大丈夫」
リンはそれと知らずに、まだリカバリーができると信じていた。
しかし、それに追い打ちをかけるかのように、ライバルがスーパーショットを放つ。
「チャンスね。ここが勝負所よ」
香坂雫はライバルのミスショットを見て、俄然集中力を増す。
ここで決めれば2打縮めるチャンスとなれば、力も入る。
そうして放った彼女の打球は、風の影響もあってかピン右手前にオン。そこから傾斜を利用してスルスルとピンに近づいて行き、僅か1メートルのところで停止。
「よしっ!」
思わず出たガッツポーズは、彼女の気持ちの表れ。
ここまで後半をイーブン(パープレーのこと)で来たこともあって、絶対にものにしようと気合も入る。
そして迎えたグリーン上。
舞木りんのアプローチは寄らずに3メートルの上りのパットが残っていた。
「これを決めれば……」
そう思うが、ラインは見えない。
これまでは面白いくらいに見えていたパッティングラインが、今は全くわからなくなっていたのだ。
「どうする……でも、あっちからは、左に曲がった。だから……」
ようやく自身の異変に気付いたリンは、必死になってラインを読む。
アプローチショットの時にグリーンの傾斜は見ていて、それが参考になった。
「大丈夫」
もう気持ちは決まった。
ラインがわかれば、あとは練習通りに打つだけだ。
カコン
「はぁ……、シンドイ……」
無事にカップの底を鳴らす音が聞けて、喜びよりも疲れた様子のリン。
あと一ホールではあるが、最後はロングだ。
「ロング、マジか……」
わかってはいたことだが、この状態ではとてつもなく長く感じるもの。
ただ、調子のいい時は近くに見えて、悪い時には長く見えるのもゴルフの特徴である。
けれど、そんな彼女と違って、前のホールでバーディーを奪った香坂雫は調子を上げていた。
最終ホールのロングだというのび、元気一杯。
「ここも、バーディーとるわよ」
と、疲れを全く見せることなくティーグランドへ。
そこからグリーン方向を見れば、有力選手の写真を撮ろうと、多くの雑誌や新聞社の記者とカメラマンが集まっていた。
それに気をよくした香坂雫はいいところを見せようと、ティーショットを正確にフェアウエイキープ。二打目をグリーン手前70ヤードにつけると、アプローチショットはピンそば2メートルのバーディーチャンスへ付け、ニコニコとカメラマンたちに手を振りながら、グリーン上へと上がっていった。
が、それに比べてリンは苦戦中だ。
というのも、ティーショットを大きく右に曲げ、二打目は出すだけ。そして三打目は乗らずの4オン。
またしてもカップまで3メートルの距離が残るという状況だった。
けれど、前のホールと違うのは、ラインを見ていないこと。
当てずっぽうで入るほど甘くなく、寄せに徹するほかないのである。
「どっちに曲がるかもわからない」
それほど彼女は疲れ切っていた。
もうボギーでも構わない。
どうにか反対には曲がってくれるなよ。
そんな思いで打った打球はコロコロと転がり、カップの右横30センチ。
ボギーにはなったが、無事に最終ホールまで周り終えることができた。
「疲れた……もうムリ……歩けない……シズク、助けて……」
17、18番ホールを連続バーディーでしめた香坂雫に、疲れてしゃがみ込んでいたリンが両手を差し出す。
「もう、相変わらずですね。ほら、手を掴んで。まだアテスト(スコアーの確認作業)が残っているんですから、シャッキとしなさいよ」
「ありがと」
そんな二人に惜しみない拍手が送られたことは、言うまでもない。




