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カエデの実力

 それは、合宿二日目の事。


 何度挑戦しても瑠利に勝てないカエデは、佳斗に泣きついていた。


「佳斗おじさん。どうしたらルリに勝てるか、教えて」


「そうだねぇ……、カエデは手で打とうとする癖があるから、まずはその矯正かな。見ててごらん」


 佳斗はそう言うなり、クラブを手にして打席に立つ。


「まずは構えるだろう。そして、そのままの状態で両腕を曲げると、クラブが身体の正面に来るよね。で、このままバックスイングをすると、理想のトップの位置になるのは、わかるかな?」


「うん」


「なら、このままスイング。これを繰り返し練習することで、正しい形が身につくんだ」


「わかった。やってみる」


 カエデは、今見たまんまの動作を真似て見る。

 すると、これまでとはトップの位置が違うことに、気づいた。


「あれ……」


「そう、それで合ってるよ。カエデは右の脇が開く癖があるから、その矯正も兼ねているけど、違いはわかるかな」


「えっと、右肘の向きだったよね」


「そう、右肘が下を向いていれば脇は閉じてる状態。どっかを向いていたら開いてることになるから注意して」


「はい!」


 そのアドバイスに従って、カエデは練習を繰り返す。

 徐々に動きがスムーズになってくると、次のステップだ。


「よし、じゃあ、今度はそれでボールを打ってみようか」


「えっ、これで打てるの?」


「もちろんだよ。テイクバックの位置は同じなんだから、打てなきゃおかしいだろう」


「そりゃ、そうだけど……」


 ちょっぴり不安なカエデだが、佳斗おじさんの教えに間違いはないと、信じて打ってみる。

 すると、思った以上にキレイな球筋でボールが飛んでいった。


「えっ、うそ。今のボール、私が打ったの?」


「そうだよ」


「すごい! 魔法みたい」


「ははは、なら、その魔法にかかったまま、続けてみようか」


「うん!」


 そうして暫く練習した後、カエデは再び瑠利に挑むのだった。


「ルリ! 今度は負けないからね」


「望むところです。わたしだって、負けませんよ」


 で、結局は瑠利の勝ちとなるのだが、そのたびに佳斗のもとへ泣きつきアドバイスを貰うことで、カエデはどんどん上達していったのである。



☆ ☆



「この人、上手い」


 それがカエデと一緒に周る、同伴競技者たちの感想だった。


「最初の子といい、今年の春乃坂はどうなっているの」


「こんな人たちが前半の組にいるって、何考えてるのよ、運営委員は」


 彼女たちが苦情を言いたがるのも、無理はない。

 本来なら前半には一年生や、まだ実力不足な選手たちが集まっているはずなのに、ここまでカエデはスタートホールでバーディーを奪った後、ずっとパーを続けていたのだ。


 本人は「すごく、調子がいいかも」くらいに思っているが、同じ組のメンバーは堪ったもんじゃない。

 というのも、一組目は事情があって、それなりの選手(華彩秋良と榎本優花里)を配置したが、二組目以降は実力通り。

 スコアーも、パーよりもボギーやダボ、トリプルボギーなどが並ぶような散々な結果なのだ。

 その中に混じって、一人だけ1アンダーで周っているのだから、浮いてしまうのも無理はない。

 

 けれど、カエデの実力も元々は似たようなものだった。

 冬の大会ではスコアー94と大叩きしての、この組なのだ。

 ただ、この間に彼女は、瑠利という目標を見つけていた。

 初めは、陸斗を奪われるのが嫌で対抗心を燃やしていたが、今ではすっかりゴルフに夢中になっていた。

 おまけに瑠利だけでなく陸斗にも負けていたため、必死になって練習したのである。


 とはいえ……、そう順調には進まないのが、ゴルフというもの。

 『ゴルフはメンタル』と言われるほどに、精神面は重要だ。

 一度歯車が狂いだせば、ズルズルと崩れていくのもゴルフ。

 そして、その魔の手が、カエデにも迫っていた。


 ここまで5ホールを終えて、1アンダー。

 そろそろ気持ちの緩む頃合いである。


 六番ホールは354ヤード・左ドック(ホールが途中で左に曲がっている)のパー4。


 ここでカエデは、今日初めてボールを曲げる。


「あれ……」


 彼女の打球は右に更かし、深いラフへ。

 左ドックで反対に曲げたのだから、残りの距離は170ヤードと、厳しい数字だ。


 ここでカエデが手にしたのは5W。

 幸いにもボールは浮いていて、ウッドでも打てそうだった。

 けれど、その選択は間違い。

 ティーショットで、彼女が右に曲げた理由は何か。

 それは右肘が開いたことで、その矯正もなく打てば、結果も見えていた。


「あっ、また……」


 ここで、カエデの打球は再び右へ。

 OBラインギリギリのところで、止まっていた。


「急にどうしたんだろう……」


 そう悩むカエデであるが、意識の変化には気がついていなかった。


 というのも、彼女はこのホールに入る前、余計なことを考えていたからだ。


『あれ、もしかして私、アンダーで周ってる? 凄くない』


 たったこれだけ。なのに身体は少しだけ硬くなり、テイクバックが浅くなったのである。

 これによりスイングがカット気味に入り、ボールは右へ右へと飛んでいく。

 直すためには佳斗から教わった通りに右の脇を閉め、自然な回転を心掛けるべきであるが、カエデは焦っていた。


「まずい、これを寄せないとパーがとれない」


 もはや、寄せるという状況でもないのに、アンダーを維持したいという欲望が彼女の判断を狂わせた。

 そのため、残り50ヤードのラフからだというのに力が入り、ザックリ。

 これで、もはやパーは絶望的。

 それでも、これが入ればなんて望みをつなぎ、今度はグリーン奥へオン。

 結局、そこから2パットのダボとなった。


「ああ……、ダボった。素ダボはダメなのに……」


 彼女の言う素ダボとは、OB無しでダブルボギーを打つことだ。

 一打罰の打ち直しであれば次が三打目でダボでもOBパーということになるが、素ダボとなるとミスにミスを重ねた結果がダブルボギーだったということになる。


 事実、このホールでカエデの打った打球に、いい球は一つもなかった。


「まあ、やっちゃったものは仕方ない。次ね、次」


 ただ、カエデの良さは、この切り替えの早さ。

 だが、今回はこれが裏目に出る。


 7番ホール・176ヤード・パー3。


 ここを5Wで打ったカエデの打球は同じように曲がり、ボールは右のバンカーへ吸い込まれた。


「あ、まただ。どうして、あっちに行くんだろう」


 流石にこれは酷いと理由を探すが、忘れっぽいのもまた彼女の特徴だ。

 佳斗からは何度も注意されているのに、いまだ思い出せないでいた。


 そして、このホールをボギーとし、続く8番ロングもボギー。

 これで3オーバーまでスコアーを落とし、いよいよ焦ってきた。


 せめてハーフ30台では、あがりたい。

 でも、ボールは真っすぐに飛ばないし、理由もわからない。


「どうしよう」


 だが、ここでようやく欲が無くなり、佳斗からの教えを思い出した。


『クラブは常に身体の正面と教えたはずだよ。無駄に手を動かすから、方向が安定しないんだ。狙ったところに打ちたいなら、手で合わせようとしない事。ほら、やってみな』


「えっと、構えてから腕を曲げて、バックスイング。で、この位置がトップだから……あ、ぜんぜん違う」


 こうしてカエデは最後でスイングを修正。

 9番ホールをパーで凌ぎ、前半戦を39スコアーで終えた。


 これは想像以上に出来過ぎた結果であったが、本人には後悔が残る。


「なんで、忘れちゃったんだろう」


 そう思うカエデであるが……。


「ま、後半戦は忘れなければいいよね」

 

 と、やはり開き直りも早かった。

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