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パシオンゴルフガーデンの練習場で

 5月5日。


 パシオンゴルフガーデンの練習場で、黙々とボールを打つ少女がいた。


 球数は、すでに300球を越え、ひたいには玉のような汗が浮かんでいる。

 時々、その汗をタオルでぬぐい、またも一心不乱に打ち続ける少女。

 鬼気迫るとは、このことを言うのだろうか。

 ただ、それでもいい加減なショットは一度もなく、高い集中力を見せていた。


 そこへ、一人の女性が近づいていき、声を掛ける。


「あんなちゃん、あまり無理しちゃダメよ」


 その言葉が聞こえたのか、杏奈あんなと呼ばれた少女が顔を上げる。


「ひかりさん……、別に無理なんか……」


「そう? でも、周りが全く見えていないでしょう」


 池月光莉にそう言われて杏奈が周りを見渡せば、お客さんたちからすごく注目されていた。


「えっ……、どうして私を見て……」


「わからない? それはみんな、あなたを心配しているからよ。まだ身体の出来上がっていない15歳の女の子が、そんな風に無理してボールを打っていると、取り返しのつかないケガに繋がることもあるの。例えば腱鞘炎とか」


 それは骨と筋肉を繋いでいる腱と、腱を包む腱鞘が擦れ合うことで起きる病気のことで、原因は使いすぎ。

 適度な休憩と、無理をし過ぎないことで回避できるが、まだ身体の出来上がっていない少女には負担も大きい。

 一度罹れば完治は難しいとされているだけに、プロを目指すゴルファーにとっては致命傷だ。

 練習量も抑制され、プロへの道も断念せざるを得ないであろう。


 杏奈はそのことに思い当たり、僅かながら身体を震わす。

 怪我で夢を途絶えさせた者も多く、一歩間違えれば自分もそうなるところだったのだ。


「ひかりさん、ありがとうございます。私、焦ってました」


「うふふ、わかってくれればいいのよ。あなたは実力もあるんだから、無理しちゃダメ。そりゃあ、ルリちゃんと差をつけられて焦る気持ちもわかるけど、まだ先は長いんだからね。本当の勝負はプロになってからでも遅くはないわ」


 大先輩の池月光莉にそう諭されたことで、杏奈も練習を一旦やめる。

 そして柔軟体操とアイシングをしてから休憩に入った。


「ふう……」


 そう一息ついてみれば、自分がどれだけ疲れていたかがわかる。

 時間が経つにつれて体の強張りを感じ、明らかなオーバーワークだと気づかされた。


「こんなにも私、疲れてたんだ……」


 そこで改めて光莉に感謝する杏奈だったが、思考は自然と深く沈んでいく。

 同い年でライバルと思っていた瑠利が一足飛びで名を売っていく中、杏奈のことを知っている者は少なかった。

 その差が何であるかを自問自答しても答えなど見つからず、また同じ師匠に師事していると思っていた瑠利が佳斗を選び、それも面白くなかった。


「ルリ、見てなさい。絶対に負けないんだから」


 それは誰に言ったでもなく、自分自身への言葉。

 

 ただ、その小さな呟きを、池月光莉の耳には聞こえていた。


「うふふ、青春ね」


 まだ高校へ入学したばかりの杏奈を見つめ、光莉は眩いものでも見るかのように目を細めるのだった。




 この少女の名は菊田きくた杏奈あんな

 今年、竜峰りゅうみね学園高等部に入学した一年生で、瑠利のライバルとなる、女の子である。

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