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その頃、神川ゴルフ練習場では……

ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。


今回のお話、重い内容もありましたが、結局は海未のご褒美回です。

あまり出番のない彼女にもスポットをあてて、忘れられないようにとの配慮ですね。

書いてる僕もうっかり忘れそうになるので、それも理由です。

 瑠利たちゴルフ部員が春乃坂ゴルフクラブでコース練習をしている頃、神川ゴルフ練習場では受付に並んで座る陸斗と海未の姿があった。



 季節は5月。

 すでに夏日を記録し、外では暑い日差しが降り注いでいる。


 練習場の打席に立ってボールを打つ彩夏も水分補給は欠かせないのか、事務室の冷蔵庫に何度も足を運び、ゴクゴクとスポーツドリンクを飲み、再び打席へ向かうの繰り返しだ。


 陸斗も「あっ、アヤナねえちゃん、また来た」と、それは面白そうに観察する。


 ゴールデンウィークということもあってお客さんも普段より多く、この時間になっても打席はほぼ満席。

 いつもなら彩夏と一緒に練習をしている陸斗も、今は店番だ。

 ここに佳斗がいないというのも理由で、相変わらずの人手不足である。


 けれど、この状況は平日の午後(土日以外で祝日は出勤)しか出勤していない海未には嬉しいご褒美だ。 

 時々、鼻頭を押さえては、怪しげな行動をとっているが……。


「はぁ……、相変わらず、リクトくんが可愛い」


 そんなことを小声で漏らすも、当の本人には聞こえていないらしい。


 以前のように閑古鳥が鳴いているならともかく、最近では日中でもお客さんは多いため、それが嬉しくて陸斗は落ち着きなさげに視線を彷徨わせていた。





 駐車場に車が入り、数分後には入口の自動ドアが開く。


「「いらっしゃいませ」」


「おう、リクト! 今日は店番か?」


「うん、タケルおじさん。もう終わったの?」


「ああ、今日も散々だったよ。でもな、帰りに瑠利ちゃんを見かけてな。高校の部活動みたいだが、頑張っているじゃないか」


 そう語るのは、春乃坂ゴルフクラブでのプレーを終えて訪れた、葛城猛だ。

 どうやら最終ホールを終えてクラブハウスへ戻ってきた際、バッティング練習を終えてアウトコースへ向かう瑠利を見かけたらしい。

 声こそ掛ける余裕はなかったが、ポロシャツの背中に書かれた春乃坂学園の文字は見えたので、確信したようである。


「タケルおじさん、ルリ姉ちゃんに会ったんだね。時間ギリギリだったけど、間に合ったみたいで良かった」


 陸斗はその話を聞いて、自分の事のように喜んだ。

 

 

 というのも、これまでは父と子、二人だけの生活だ。

 日中は美里が手伝いに来たり、休日は詩穂とカエデが遊びに来たりと楽しかったが、夜になればまた二人だけ。


 陸斗の祖父と祖母が亡くなったのが5年前。まだ7歳の頃に交通事故で、一瞬だった。

 その2年後には母親を病気で亡くし、それから3年間が二人きりでの生活である。

 佳斗を慕い訪ねてくる者も多くいるが、それはあくまでも一時的な事。


 それが、あの日。

 瑠利が父・佳斗の弟子になりたいと現れたあの時から、世界が変わった。


 人員不足のために海未が派遣されてきて、同じような理由で彩夏もいてくれる。

 そして、何より大きいのが瑠利の存在だ。

 たとえ父が留守の時でも、家に電気がつき、彼女が一緒にいてくれた。


 それから詩穂。

 女子寮が出来てからは、今回のように佳斗が遠征へ出かける時に、家を預かるのは彼女の役目である。

 母屋に自分の部屋まで用意して、ほとんど住みついている状態だ。

 すぐ近くに実家があるのに帰りもしない。


「だって、明日また5時でしょう。帰るだけ無駄」


 それが彼女の言い分だった。

 ここから学校へ通い、帰ってきたら仕事をする。


 その繰り返しなので、もう住んじゃった方が早いとの判断だ。



 だから、陸斗は今が幸せだった。


 ずっと寂しい思いをしてきただけに、常に誰かがいてくれるという事が嬉しくて仕方ないのである。





 それから暫く、陸斗は受付でゴルフ雑誌を見ていた。

 所詮は子供のすること。

 訪れるお客さんは微笑ましそうにしていて、誰も咎める者はいないので自由だ。


 ただ、この状況は海未にとってのご褒美の様で……。

 陸斗はページをめくり、知らない言葉が出てくると海未に尋ねてくるのだ。


「うみねえちゃん、これって何て読むの?」


『う……、近い……』


 そんな心の声は置いておき、海未は必死に冷静さを保とうとする。

 だが、子供特有の甘い香りが彼女を誘惑し、熱い血が鼻に込み上げてくるのを感じたらしい。


『ま、マズい』


「ねぇ、どうしたの?」


 ここで海未はグッと耐える。


「あ、うん、なんでもないよ。それはね、寛容性かんようせいって読むの。広い心で他人の考えを受け入れるという意味なんだけど、ちょっと難しいかな」


「う~ん、よくわかんない」


「グフォッ……」


「大丈夫? 体調悪いの?」


 どうやら海未、一旦は持たせたようだが、止めを刺されたらしい。


 そこで陸斗が気を利かせて背中を擦ってくれるのも、マイナスだ。(もちろん本人にはプラス)


 怪しげな声が聞こえ、訝し気に事務室から出てきた詩穂も彼女を一瞥すると、「ふ~ん」と一言。


「リクちゃん、その子はほっといていいから、代わりにお客さんの対応してあげて」


「うん、わかった」


 そう言うなり事務室へ戻っていく詩穂を見ながら、陸斗は「いいのかな?」と、首を傾げるのだった。




 それから数分、ようやく海未が復活。

 どうやら気持ちの整理がついたらしい。

 手に持っていたハンカチは赤く染まっていたが、それを見せないようにトイレへと駆け込む。


 そして何気ないふりをして戻ってくると、再び陸斗の隣へ座った。


『ふう……、もう大丈夫。これ以上のことは起きないわ』


 そんな心の声は、フラグでしかない。


 平静を装い陸斗の相手をしながら仕事を続けていると、不意に寝息が聞こえてきた。

 どうやら陸斗、雑誌を見ながら寝てしまったらしい。


 中学生と言っても、まだ小学4年生並の身長しかないため、そのぶん体力がない。

 それを朝の5時から起きていれば、こうなるのも必然であった。


「どうしよう」


 状況としてご褒美だが、流石にこのままではまずい。


 咄嗟にそう思った海未は、すぐに詩穂を呼ぶ。


「シホさん、ちょっといい?」


 陸斗を起こさぬようにと小声で呼んでみたが、事務室の中にいた詩穂には聞こえたようだ。

 すぐに出てきて、状況を確認。


「リクちゃん寝ちゃったのね。しょうがない。私が部屋まで運んで行くよ」


 そうして海未に寄りかかる陸斗を軽く持ち上げ、背中におぶって連れて行く。


 海未はそれを羨ましそうに眺めていたが、「さあ、お仕事お仕事」と切り替え、ようやく雑念を振り払うことが出来たようであった。









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