コース練習
午後2時30分。
春乃坂ゴルフクラブの練習場では、春乃坂学園ゴルフ部の生徒がボールを打っていた。
ここの練習場は、正面ネットまでが150ヤード。打席数は15とゴルフ場にしては多い方だ。
お客さんもいる時間ではないため、練習するのはゴルフ部の生徒のみ。
あとはその保護者の方たちと顧問教師の東矢章乃(32歳)、ツアープロの資格を持つ芳尾玲那プロ(28歳)がいるだけで、春乃坂ゴルフクラブの関係者は一人もいないようだ。
来場してきたときに挨拶は済ませているので、あとは御自由にと言うことなのであろう。
何か問題があれば、顧問教師と指導するプロの責任。
最悪、契約が打ち切られるだけである。
まあ、そんなことにはまずならないだろうが、素人の子供たちを率いるには、危険がないわけではない。
打ったゴルフボールが他人に当たるなどあれば大事であり、特に仲間内では注意が必要だ。
絶対に、これから打つ人の前には出ない。
それを徹底的に約束させても、自分のボールは気になるもの。
つい先走ってボール探しをしてしまい、打球事故に繋がった例は少なくない。
もし先に進むことがあるなら、これから打つ打者の様子を確認しながら、そして打つ時も他の人たちが何処にいるのか確認してから打つように心がけること。
それを重点的に教え込み、ようやくコースに出られるのであった。
ということで、この場に居る生徒は指導するプロの芳尾玲那から、十分な教えを受けている者たちだ。
芳尾プロはツアープロといっても、主な仕事はティーチング。
練習場や学校などと契約して、指導に徹しているプロである。
もちろんプロテストに合格しているのだから、下部ツアーに出るなりして権利を得ればツアーにも参加できるが、賞金を稼げなければ出費が増えるだけだ。
そのため、ツアーへ出る道を早めに諦め、指導者として生きていくことを選んだプロが、彼女のような者たちであった。
プロゴルファーだからといって競技に参加するだけが、道ではない。
ゴルフ業界の発展に尽くすのも、プロの仕事なのである。
☆ ☆
練習場でボールを打ちながら、どこか落ち着かな気な様子の主将・吉瀬咲緒里。
他の部員たちもメンバーが7人しかいないことを、気にしているようだ。
「ルリちゃんとカエデ先輩、まだ来ないね」
「たぶん、カエデ先輩が遅れているんだよ、きっと」
こそこそと会話するのは、一年生の二人。
平倉萌花と濱吉陽菜乃だ。
さっそくカエデが悪者にされているのは、自業自得であろうか。
彼女には後輩たちの模範となって貰わなければ困るのだが、これには部長の吉瀬咲緒里も苦笑いだ。
というのも、彼女とカエデは親戚関係にある。
咲緒里は佳斗の亡くなった妻・杏沙の兄の子で、カエデは美里の子。
二人に血の繋がりは無いものの、どちらも神川家を通じての親戚なのであった。
と、そこへ瑠利とカエデが到着。
駐車場に車を止めてきた遥と合流し練習場へ来ると、もうみな練習を終わりかけていた。
「おっそ~い」
腕を組んで仁王立ちした部長の咲緒里が、二人を睨みつける。
「サオリ姉、ごめん」
「すみません、サオリさん」
ただ、そうして二人がすぐに謝ると、彼女も表情をわずかに緩めた。
「いいよいいよ、ルリは仕事が忙しかったんでしょう。でもね、カエデは別」
「えっ?」
その態度の差はなんなのか。
理由は単純、するべきことを怠ったためだ。
「あなたは二年生なんだから、間に合わないときは連絡くらいしなさいよね」
「あっ……」
「あっ、じゃない。それに部活中はサオリ姉じゃなくて、先輩」
「はい、すみません、サオリね……さん」
「はぁ……、もうそれでいいわ」
どうやら彼女、相変わらずなカエデに諦めた様子。
ただ、遅刻したものには、それ相応の罰があるわけで……。
「言っとくけど、あなたたちの練習時間は無しだから。まだ、パターをするくらいはできるから、それだけにしなさいね」
「「は~い」」
そうして素直に返事をする二人であるが、瑠利は神川ゴルフ練習場で練習を済ませてきているため、むしろパッティング練習の方がメインであるが、素振りさえしていないカエデは「どうしよう、ボールが何処へ飛んでいくか、全く想像できないよ」と、焦っていた。
「ご愁傷様です」
「うるさい」
そんなやり取りをしながらも、急いでパッティンググリーンへ向かう二人。
せっかくのコース練習でグリーンのタッチが掴めていないなんてもったいないと、慌てて練習を始めるのだった。
その数分後、生徒たちはアウトコースのティーグランドへ移動。
本日の解放はアウトコースのみで、もちろん学生にカートの使用はない。
皆ゴルフバッグを担いでのプレーとなるわけで、なかなか大変である。
あらかじめ決めてあった組み分けに別れ、順番にスタートしていく。
まず一組目は主将の咲緒里と瑠利、もう一人は二年生の舞木りん。
実力者ぞろいのここに指導者は無しで、二組目のカエデが率いる組には顧問教師がつき、三組目は三年生の佐子田佳奈美が率いて芳尾プロがフォローに付くという状況だ。
残った一年生4人は、二組目か三組目に振り分けられた。
先程の二人はカエデと一緒である。
若干気まずいものの、彼女たちは経験者だ。
最後の組の一年生は全くの素人であるため、この組み合わせは仕方のないことといえよう。
芳尾プロが丁寧に指導しながらのプレーになるため、この時間からでは3ホールも進めればいい方なのである。
ちなみに、一組目と二組目はハーフを終える気でいた。
そのため、保護者がしっかりとついて行き、危険がないか見守るのであった。
そうして時刻は午後の5時半。
9番ホールのグリーン上で、瑠利がガッツポーズを決める。
「やったー、バーディ」
「ナイス、バーディ」
「ナイス」
もう何度目かの声掛けに、咲緒里とりんも呆れた様子。
ただ、それを9番ホールのセカンド地点で見ていた二組目は……。
「もう、バーディって、今日何個目よ」
「ルリちゃん凄い」
「カエデ先輩とは大違い」
「うるさいわね」
どうやらカエデ、案外慕われているようであった。




