詩穂の決断
その日の夜。
神川家の母屋で美里が洗い物をしていると、そこに詩穂が現れた。
「お母さん、ちょっといいかな?」
「なに? どうかしたの」
「聞いて欲しいことがあるんだけど……」
深刻な表情で、そう頼む彼女。
少し思いつめた様子であり、美里もこれはただ事ではないと、一旦水道の蛇口を捻り、場所を居間へと移した。
「で、話って」
「うん、それなんだけど……」
詩穂はそこまで言って、二階にある陸斗の部屋の気配を探る。
すでに営業を終えたこの時間、小学生の陸斗は寝ているのだが、万が一起きてきて聞かれやしないかと心配しているのだ。
「なになに、りっくんに聞かれちゃいけない内容なの?」
「あ、う、うん。そういうわけではないんだけど……」
「へえ~、そうなんだ」
僅かばかりの動揺。
美里は娘の反応を見て、おおよその見当をつける。
考え得ることは、テレビ画面で見た佳斗の姿だ。
あれを見たうえで、陸斗にも話せないこととなると限られる。
「もしかして、ここの事?」
「えっ」
それはまさに図星であった。
女の子なのだから恋バナなんてことも考えられるが、そこはやはり美里である。
雰囲気から、それは無いと見抜いていた。
「あ~あ、やっぱりね」
「どうしてわかったの?」
「そりゃあ、可愛い娘のことだもん。わかるわよ」
そんなことを宣う美里だが、本当の理由は単純。
彼女もまた、同じことを考えていたからだ。
あの映像を見た美里の考えは、『今の兄に、ここは狭い』であった。
そして、詩穂も……。
「私ね、佳斗おじさんは、こんなところにいるような人じゃないと思うの。もっと、自由に大空を羽ばたいて欲しいっていうか……う~ん、なんて説明したらいいか難しいんだけど、そんな感じかな」
「そうね」
「だから、お母さん。ここの経営を、私に任せて貰ったらダメかな? もちろん、将来的にリクがやりたいって言うなら譲るけど、あの子もここに留まるような器じゃないと思うのよ」
それが彼女の純粋な気持ちであった。
佳斗だけでなく、陸斗も狭い箱庭に閉じ込めるのではなく、最初から自由な選択肢を与えてあげたい。
その結果、それでもここに戻って来たいというのなら、その時は受け入れるつもりであった。
「わかったわ。兄さんには私から話してみるけど、あなた大学には行くのよね」
「うん、ここから通える春華女子大で、経営学を学びたいと思っているの」
「そう、ならいいわ。ただ、両立なんて甘くないわよ」
「うん、わかってる」
美里は娘の成長を嬉しく思う反面、兄や甥っ子の代わりに詩穂がここへ閉じ込められるのではと、懸念していた。
「ハァ……、いつの間にか大きくなっちゃって……」
「なに? なんか言った?」
「ううん、こっちの話。でも、あなたも自分の幸せを優先させなきゃダメよ」
「わかってる」
こうして、また一人、神川ゴルフ練習場へ力強い仲間が加わった。
これまで母の後に付いてきていただけの詩穂が、経営に参加すると決めたのだ。
近場の春華女子大であれば、それほど苦も無く入学できる。
というのも、彼女の通う高校はレベルの高い春乃坂学園だ。
もっと上を目指すことも可能であるが、現状これがベストな選択だと考えていた。
「それじゃあ、明日から手伝ってもらおうかしらね」
「えっ……」
「うふふ、朝六時だから、早く寝なさい」
「そんなぁ……」
そして、早くも後悔する詩穂であった。
というのも、ここに佳斗はおらず、瑠利も母親が迎えに来て帰っていった。
そのため、陸斗だけを置いておくわけにはいかないので、美里と詩穂がお泊りしているのである。
もちろん、カエデが拗ねたことは言うまでもないが、父親が寂しがるからと姉妹でジャンケンをし、負けたのだから仕方のないことであった。




