暴走するカエデ
アプローチ練習場のグリーンでは、陸斗と瑠利が昨日と同じようにパター勝負で盛り上がっていた。
練習をするなら寡黙にコツコツとすることも大事だが、楽しく対戦形式でした方がメリットも大きい。
特にメンタルを鍛えるためには、プレッシャー慣れは必須。
場数を踏めば、極度の緊張状態は避けられるので、二人の勝負は理にかなっていた。
「あ~あ、また負けちゃった」
「でも、だんだん厳しくなってるよ」
「ほんと?」
「うん、長いパットが決まるようになって、決着も早くなってるじゃない。まだ私が入れ返しているから勝ててるけど、本音をいうと、ちょっとキツイかな」
そう話す瑠利であるが、ここまで昨日を含め、10戦10勝。
ちょっと、大人げない気もするが、手を抜くなんて陸斗に失礼だ。
ただ、パッティングはミズモノ。運の良し悪しでも結果は変わるため、このまま拮抗勝負が続けば、確実に負ける時が来ることは、わかっていた。
そして、次の勝負。
「よしっ!」
と、先行の陸斗が五メートルの長いパットを一回で沈め、次は瑠利の番。
厳しいプレッシャーと戦い放ったパットの行方は……。
「あ……」
「やったー、かったー」
と、ピョンピョンジャンプして、全身で喜びを露わにする陸斗。
それもそのはず、瑠利のパットはカップの縁を掠め、通り過ぎたのである。
どうやら芝目の抵抗にあい、予想とは違ったキレ方をしたようだ。
「ああ、悔しい。もう一回やろう」
「うん」
ただ、負けて終わるのは嫌だと再戦を希望する瑠利は、やはり大人げなかった。
やるなら勝って終わりたいのは、人間の心情。
勝者は常に一人である。
けれど、勝負とは不思議なもの。
たった一度の勝利で、あんなに勝てなかったことが嘘のように勝ててしまうのだ。
「やったー、またかったー」
「えっ、うそっ。マジ?」
それこそが俗に言う、流れが変わった、であろう。
決して手を抜いているわけではないが、何故か急に瑠利のボールがカップに嫌われ始めたのである。
と、そんな風に戦いはますます白熱していき、面白くなってきたところで、あの姉妹が現れた。
「リク~」
「りくちゃ~ん」
「あっ、シホお姉ちゃんと、カエデ姉ちゃんだ」
これまで勝負に夢中になっていた陸斗が、名前を呼ばれたことで姉妹の存在に気づく。
そして、パターをグリーンに放り出して彼女たちのもとへ駆けていき、しゃがんで両手を広げるカエデ……ではなく、詩穂のお腹辺へポフンと抱き着いた。
その行動に迷いはなく、嬉しそうに詩穂を見上げる。
「リク、元気だった?」
「うん、元気だよ。シホお姉ちゃんは?
「私もよ。さあ、今度はカエデの所に行ってあげて」
「は~い」
陸斗は大好きな詩穂に促されて、いまだ両腕を広げるカエデの胸の辺りへドスンとダイブ。
その対応にはずいぶんと姉妹で差があるようだが、理由は以前にカエデが構いすぎたことによる弊害だ。
もちろんそれが自分のためであったことは陸斗も理解しているが、子供は案外抱っこを嫌うもの。
精神的に不安定な時ならともかく、元気一杯の時に抱きしめられていると、遊びたい衝動から逃げ出したくなるのだ。
それなのに、である。
姉の口添えもあってダイブしてきた陸斗を、カエデはギュッと抱きしめた。
そして……。
「やっぱ、りくちゃんは可愛いなぁ。ずっとこうしてたいよ」
なんてことを言い出したから、さあ大変。
これに陸斗は抵抗。
「やだ、放して~」
と、必死にカエデの腕を振りほどこうとする。
精神的にも容姿的――10歳程度――にも幼い陸斗であるが、実際は12歳だ。
そろそろ恥ずかしさがあっても不思議ではないが、それをカエデは理解してくれない。
「待って、あと三分」
「やだ、もう行く」
「あと、ちょっとだけだから」
と、しつこいカエデに陸斗は必至で抜け出そうとするが、逆に彼女の腕の力は強まり、ますます身動きのとれない状態に……。
「もう、やだ!」
そう叫んだ陸斗に、一瞬不安を覗かせたカエデであるが、腕はまだ抱きしめたままだ。
ただ、それを見ていた詩穂が呆れたように「ハァ……」と溜息をつき、ツカツカと妹に近寄り、「ガツン」と頭に拳骨を落とす。
「痛っ! もう、なにするのよ」
「それは、こっちのセリフ。いつまでもそんなことしてたら、リクに嫌われるよ」
「うっ……」
姉の言葉にカエデは激しく動揺。
腕が緩んだ隙をついて、陸斗は脱出できたのだった。




