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この恋叶わなきゃ世界がヤバイ  作者: こへへい
6/11

馬鹿一番と天才二番

 彼女は受験前日まで、学校の授業を含めて、一日10時間の勉強を決して欠かさなかった。まず模擬試験を行い、そこから間違った問題と、悩んだ問題、悩まず正解した問題にカテゴライズし、そこを中心に自分の理解が追いついていない部分を分析。そしてどのように悩んだのか、何か誤解していた部分がなかったのか、どんな知識が欠落していたのか、その問題に向き合っていた時何を考えていたために集中力を切らしてしまったのか、模擬試験前に口に入れたモノで集中力を切らせるものはないか、模擬試験時のストレス状態をスマートウォッチで解析し、問題を解くことができなかった原因を、理解不足だけではなく環境にも目を配った。

 日々の健康管理も欠かさなかった。睡眠時間は八時間になるようにしたし、野菜もいっぱい食べたし、運動も毎日している。

 そうして自分の不足部分を追求し、全問正解も視野に入れた勉強を重ねてきた。常に完璧を求め、埃の一繊維すら許さない対策を欠かさなかった。

 完璧だったはずなのだ。

 だがまさか、自分が二番で、他に一番の人がいるだなんて思わなかった。しかも、満点合格だなんて。


 ***

 

 入学式の会場は緊張と期待に包まれていた。新入生たちは真新しい制服姿で整列し、緊張した表情で先生方の話を聞いている。広いホールには生徒たちのざわめきが広がり、これから始まる高校生活への期待の空気が漂っていた。やがて、新入生代表がステージに上がり、マイクを手にする。

 がったがたと肩を揺らして。


「は、初めまして! 聡憂不猿で――――キイイイイイイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーーーーーン…………。


 緊張感ある空気を、マイクのハウリングが一筋の耳鳴りとなって切り裂いた。周囲の新品な高校生たちは糸が切れたのか、ザワザワと小さくささやいている。


 「すみません、緊張していたもので」と一言ごほんと咳払いをした後、真剣なまなざしで顔を上げた。


「新入生の皆さまは、様々な支えがあったからこそ、今この場に立っています。両親や中学の先生、お隣さんや兄弟等。まずは今の自分を形づくった全てに、この場を借りて感謝させていただきます」と、不猿は頭を下げた。その下げた間、不猿は姉からのアドバイスを思い返していた。


 『新入生代表で何を話せばいいかって? 適当でいいんだよ適当で。不猿以外の人ならここで、両親のお陰でとか、先生の支えがあったから学べたとか、そういうのを言うことができるだろう。けど不猿は違う。お前はそれを語ってはいけない。()()()()()なんて一ミリもなかったんだから。だから素直に言えば良いんじゃねーの』


 と、複雑な表情で言ってくれた。確かに不猿が受験に対してとった手段は、優からの家庭教師があっても無くっても変わらないものだった。何せ完璧「運頼り」だったのだから。それはつまり、優からの手ほどきがあっても無くても変わらなかったということで、不猿は少し申し訳なく思っていたが『ま、私のことは気にすんなって、別に気にしちゃいねーよ、いっちょ前に気ぃ遣ってんじゃねぇ。むしろ()()()()()()()()よかったくらいだ』と、ケラケラと訳の分からないことを言っていた。だから、不猿は心置きなく語ることにした。


 「しかし、私をこの場に立たせることができた要因は、2つしかありません。それは親でもなければ、兄弟でも」そこで一瞬口ごもったが、大いに姉の献身が助けとなっていたのは確かだが、優のあの言葉を思い返して、構わず続けた「ありません。一つはある人に会うためという『情熱』、そしてもう一つがこれです!」と、一本の鉛筆を高らかに舞台上で掲げた。それはただの鉛筆ではなく、持ち手側の端のコーティングが削られ、木目に数字が書かれていた鉛筆だった。しかし壇上のそれを見る新入生や先生方には鉛筆としか見ることができず(鉛筆と言われなければ鉛筆だとも分からないくらい遠いが)、新入生やスーツを纏う先生方も呆然としている。一体この男は何を言っているのだと。


「人は鉛筆と情熱さえあれば、どんな高みにも登れるということを、この受験を通して学ぶことができました。ですがこれはスタートです、プロローグに過ぎません。これから私たちの本当の戦いが始まります。なので、まぁ、頑張りましょう!」

 

 最後思いっきり適当に締めた不猿。急に終わってしまったので、まばらな拍手が数回続いた後、反響するようにその拍手が広がってホール中を埋め尽くした。そんな微妙な形で終わった挨拶ではあったものの、新入生たちにとってはかなり好印象だった。


 『鉛筆と情熱のお陰、つまりずっと紙で勉強してきたってことか』


 『昨今文房具も便利になって勉強しやすくなっているのに、その中であえて鉛筆だけで勉強してきたなんて、凄いな』


 『令和の二宮金次郎だな、この勉学へのストイックさは学ばなければならない』


 と思われている中、たった一人だけ、腹立たし気に不猿を見ている人がいた。その場所は本来自分の場所だとでも言わんばかりに、憎々しげに見つめていた。

 


 『私は一番で無ければいけないのに』



 水原静は、けたたましい拍手が響くなか、恨みがましくそう呟いた。

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