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この恋叶わなきゃ世界がヤバイ  作者: こへへい
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クラブ見学

「不猿お前どこ行ってたんだよ、心配したぞ?」


「ごめんごめん、ちょっとコーヒー買っててさ」


「あー、さっき言ってた差し入れ作戦ね。で、どうだった?」


「美味しかったよ」


「お前が飲んでんじゃねーよ」


 朝礼で担任が来る合間、修也はそう呆れを露わにした。えへへと頭を掻く不猿を見て、心配は杞憂だったと修也は判断する。


「まぁほら、コーヒー苦手だったのかな、僕が悪かったんだよ」


 と言う不猿に、心配が再燃した。不猿は真っすぐで嘘が下手だ。だから自身を否定されたことを口に出すのをつい躊躇ってしまったのである。そんな感情の機微を察してか、修也は嘆息した。


「まぁ、何があったかは知らないが、諦めんなよな、漢が決めたことなんだ。その思いはきっと届く」


「うん、分かってるよ、だから次はコーンポタージュを渡そうと思うんだけど」


 一限目の教科書の表紙で不猿の頭を叩いた。そして修也は「それは失敗しただろうが、別アプローチするぞ」と提案した。その提案というのは、この災天高校を有意義に過ごすために計画している生徒ならば当然知っているであろう予定。


「別アプローチって?」


「すぐ分かる。ほら、来たぞ」


 修也は不猿の背後に指をさして、先生が来ていることを示唆した。椅子に正しく座った不猿は、教卓に立つ担任を見た。牙島雄介(きばじまゆうすけ)。科学教諭であり、この1-Aの担任でもある。ぼさっとした髪に手櫛すらせず軽く眼鏡をかけ直し、白衣の内側に入れていた黒いファインダーを教卓に広げて中身を見た。そこには彼が寝る前に書いていた翌日の予定が書かれており、その内容をクラスの皆のために伝えるため、黒い電子黒板の画面にチョーク型のタッチペンで書いた。

 書き終えて振り返る。


「あー、そろぼち学校慣れてきただろうから、部活見学するぞ。見学つっても、何かしら1つは入ることが決まってるんだがな。データ送ったから、まぁ放課後とか昼休みとか、適当に見学して決めとけよ」


 牙島がポケットから取り出した端末を操作すると、クラス各々の机に取り付けられていたタブレット端末に、通知を知らせるランプが灯った。皆がそれを確認する。不猿は、修也が言っていた別アプローチはきっとこれの事なんだろうと悟った。

 内容は至ってシンプル。今日から自由に部活見学をして、二週間後までに部活の入部を果たすこと。

 ちょんちょんと不猿の肩をつっついて、修也が小さな声で言った。


「これで水原さんと同じやつを見学するんだぞ」


 ぱっと電子黒板の板書が消えると、「そんじゃ」とだるそうに牙島は教室から出た。


 それから授業がしばらく続き、昼休みとなった。

 この災天高校の部活動は、部員数は関係がない。数多ある部活のなかで一人しかいない部活もある。だがそれでも存続できている理由は、成果を挙げているからだ。故に部活見学、もとい部活勧誘に求められる要件は、その成果をより上げる人材をいち早く獲得することである。

 なので食堂には様々な部活からの諜報員が散見され、新入生はその動向を見られながら食事をすることになるのだ。

 部活動を見学するとき、見学者もまた見学されている。


 しかし、その諜報員の存在を利用して、部員を獲得する部活動があった。

 どう利用するのかというと、食道でジロジロ見られることによる不快感を、である。人は大抵視線を向けられ続けば、減退してしまう。食欲が。

 なので、逆アプローチ。「まったりとお昼ご飯を作ってみませんか?」という謳い文句で部活勧誘をしている部があった。

 何であろう、料理研究部である。


「はぁ、食堂が居づらいから来てみれば、何でいるのよ」


 と嘆息したのは静。調理実習で使われるこの調理室は、広さで言えば2ゲーム同時にバスケができるレベルの広さを誇っていた。16の調理ブースがあり、そこには包丁やボウル、まな板や皿などがそろっており、広い流し台はまるで鏡のようにピカピカで、とても清掃が行き届いていた。そんな調理室に来た静だったのだが、偶然にも、不猿は食堂に行く最中に、この調理室から香る美味しそうな匂いに誘われて、部活見学をしていたのだ。だから静が来たことで一番狼狽しているのは、不猿自身なのである。


「え、ちょ、まさか一緒に料理研究部入ってくれるの? 本当に!?」


 料理研究部が提供したであろうミートスパゲティで口の周りを真っ赤にしている不猿は、食べながら汚らしく目を丸くした。


「知り合いだったのかい? それは素晴らしいね。料理研究部は大歓迎だよ!」


 眼鏡の料理研究部部長が、不猿以上に喜んだ。というのも、新入生のトップ10は順応性が高く、どんな部活に入っても一定以上の成果を期待できるワイルドカード的存在と思われているからだ。


「帰ります」


 踵を返す静だったが、鼻腔に無色透明の、しかし強烈に食欲をそそる空気が通った。それに反応すると、静は足を止める。ぐ~っとお腹が鳴ると、真っ赤な顔で、でも憎々しい顔で少しだけ振り返った。


「まぁ別に入部は今すぐとかじゃなくてもいいさ、今はお腹空いている若者の満足する顔が見たいだけで、ね」


 料理研究部部長は、明らかに空腹である静の足下を見ているように、余裕な笑みを浮かべていた。それを理解しつつも、あの食堂に戻ることと天秤にかけ、悔しそうに静は調理室に戻るのだった。

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