第94話 新しい日常 5 背負う覚悟
「さて、もう昼も過ぎたし……これで一旦終わるか」
「ああ、腹が減った」
「しっかり食って休んで、午後もやるからな。次は1対1でやるか」
またもや彼女達が転がされた頃。大人達はひとまず切り上げようと口々に言い出した。
流石に3度目ともなると多少は疲れが見えているらしいが、それでもまだまだ問題無いようだ。
「ご飯……食べられる気がしないよ……」
「今食べたら全部戻るわ……」
「僕も……しばらくは休憩してからじゃないと、食べられないな……」
一方転がされた側は食事どころではない様子。
限界まで追い込むなんて事を短時間に3回も繰り返せばそうなるのも仕方ない。
「……私も」
手持ち無沙汰だったのか、とりあえず体力の為にも走っておこうと考えたシアもまた座り込んでいる。
無理に頑張ってもつらいだけ。すぐに効果が表れる訳でもないのだが、何かしていたいのだろう。
「シアは走ってただけじゃんか。しかも最初よりはだいぶ軽くしてたし」
「確かにそうだけど、もう脚が……」
ルナの言う通り、今回はかなり軽く走っていたのだがそれでもシアにとっては随分な疲労になるらしい。
立ち上がる事は出来たが、プルプルと震えている。
きっと明日は全身が大変な事になっているだろうけれど、今の所それに気付く事は無い。
昼食と言われても、何処で何を食べればいいのかも分からない。
シアはひとまず皆が落ち着くのを待つ事にした。
「そうだ、嬢ちゃん。大事な話をしていなかったな」
「ん?」
そのまま揃って休憩をしていた所へ、団長が声を掛けた。
どうやらシアに話があるらしい。
「色々と事情があって、鍛えるのは決めていたが――今から聞くのは本当に大事な事だ」
「う、うん……」
例の勘違いから始まる、念の為にシアを鍛えるという事は周囲も決めていた。
だがそれとは別に重要な事を確認しなければならない。
鍛える側の彼としての拘りでもあるが、先程武器を手に取らせたのも、多少その意味を含んでいた。
「お前は強くなってどうしたい? 護られるばかりなのが嫌だというのは分かる。強くなってお互い護れるようにとか、戦えるようになって……それでどうする?」
やたらと真面目な雰囲気に少し畏まりつつ返事をしたシアへ、団長は問い掛けた。
一方的に護られ続ける事に何も感じない人は居ない。
だから理由は分かるのだが、そうして強くなった後の事が問題だ。
「どう……って」
いまいち彼が何を言いたいのかが分からなかったシアは困惑している。
いつか旅に出るというのも、今聞かれている答えとして相応しい物ではない。
「戦うってのは命を奪うって事だ。それはどう感じている? さっき武器を触ったが……命を奪う道具をどう感じた? そうして戦って護って殺す事に何を思う?」
団長は尚も言葉を続ける。
戦うという事がどういう事なのかを言い聞かせる。
殺す為の道具に対し、忌避感を持たずワクワクして触っていた子へ、改めて認識させる。
「それは……でも……」
聞かれている事を理解したシアは、どうにか自分の考えを言おうとしたが……いまいち纏まらないようだ。
「こいつはこの間のグリフォンの羽だ。あいつは強大な魔法生物だからな、色々と良い素材にもなるからこうして無事な所を取ったんだが……どう思う?」
懐から1枚の羽を取り出してシアへ渡す。
これはただの素材だ。敵を殺し、解体し、素材としただけだ。
言えば単純だが、感情としては単純な物にしていい事ではない。
「焼き貫き叩き落し、首を切り飛ばした。奴は奴なりにただ生きようとしていただけなのに。襲われて死にかけた上で、それをどう考えどう捉える?」
わざと嫌な言い方をして、殺すという事の重さを語る。
グリフォンだって、ただ生きていただけなのだ。
たまたま街の近くまで来てしまったから――人の害になりかねないから殺された。
シアは襲われて連れ去られ死にかけたが、それをしたグリフォンが無惨に殺された事をどう感じるのか……彼はそれを聞きたいのだ。
渡された羽を見つめ、シアは考える。
自分達が山で相対した結果、街の近くまで行ってしまったという理由を知っている。
何より、ただ生きる為に動いていただけなのは確かで……それを一方的な事情で狩った。
最終的にはシアへの敵意を露わにしたが、それは色々と重なってしまっただけで、また別の話だ。
「…………ごめんね……」
改めて一から考え、羽を胸元に抱いて呟いた言葉は謝罪だった。
結局のところ、誰もが生きる為に戦っていて、その為に命を奪うのだ。
どんな生物も、殆どの戦いにおいて言える事でもある。
こことは全く違う世界で、比較的平和な国で生きた【彼】には――命を奪う事の罪悪感が強かった。
「――そうか。そう感じてくれるか。命を奪う事に罪悪感さえ持たない奴を鍛えたくは無かったが……杞憂だったな。なら、それを背負っていく覚悟はあるか?」
彼女の呟きを聞いた団長は少し安心した様子だ。
なにせその罪悪感すら持てない輩は、世間一般で言う悪に堕ちやすい。
そんな者をわざわざ鍛えないし、むしろそこから教育しなければならない。
生きる為だから仕方ないじゃないか、と開き直って軽く受け止めるべき事ではないのだ。
若干考えている事情が違うが、なんにしろ罪悪感を持てると分かったのは良かった。
あとはそれを受け入れて背負い続ける覚悟があるかどうかだ。
命を奪う重みに耐えきれず折れてしまう者は珍しくもない。
それを子供に問うのも酷い話ではあるが。
「覚悟……戦って、殺す覚悟……」
「そうだ。幼い子供に聞くべきことでは無いが、こうして鍛えていく以上は聞かなきゃならん」
目を瞑りしっかりと考えるシアを見て団長は心苦しそうに言う。
本当に子供に聞く事ではないのだけれど、それだけ彼が真剣にシアを鍛えようと考えている証明でもある。
この世界は、平和に暮らす傍で戦いを続けている。
けれど、だからと言って……命を奪う事を、取るに足らない当たり前の事とはしていないのだ。
「……大丈夫だよ。今までだって山で狩りをしてたんだもん。戦うにしろ、どっちだって生きる為だし、ちゃんと受け入れられる」
じっくり考えたシアは答える。
過去にも生きる為に自分の手で命を奪ってきた。
積極的にやりたくなんか無いが、生きる為に謝りながら魚や鳥や獣を狩り、どうにか拙い解体をして糧にしてきたのだ。
そんな経験があるからか、戦うにしろ食べる為にしろ……殺すという事は理解出来ているらしい。
「なにより……生きろって言われた。楽しんで、幸せになれって言われた。その為ならどんな覚悟だって出来るよ」
顔を上げ、真面目な表情でハッキリと意思を示し語る。
母に言われた事、楽しく幸せになるというのは彼女自身の根幹を成す確かな望みだ。
そうして生きる為になら、全てしっかりと受け止めていける――いや、受け止めていかなければならないと強く思った。
見るべきものを見ようとしない道の先に、彼女の願う幸せは無いのだろう。
「そうか。そこから教える必要が無くて良かったよ。その歳でそれだけ言えるんだ、お前なら間違った道に行くことはないだろう」
もう一度安心したように、団長はシアの頭を撫でて言う。
幼いながらしっかりと理解している彼女ならば大丈夫だと思ったようだ。
「それは分かんないけど……でもルナが絶対そうはさせないし、皆だってそうでしょ?」
撫でられているからなのか、認められたからなのか。
もしくは信頼を語るからなのか、少し照れくさそうに言うシアだったが、最後は微笑んでいた。
実際、彼女の周りの者がそうはさせないのは確かだ。
立派な大人が道を示し支えてくれるのなら、間違う筈も無い。
近くで聞いていた他の者達もよくよく理解出来た事だろう。
大人達は満足そうにしているし、いつの間にか復活しているセシリア達もまた、シアの傍へと向かい騒ぎだす。
話を聞いている間に多少は回復したらしい。
そんなこんなで、ひとまずは皆で食事をとり休憩を挟んで再び鍛錬が始まった。
普段以上に大人数での食事はシアにとって楽しく、なんとなく疲れも癒されていくように思えた。
再開した後、シアは体の動かし方から学んでいった。
なんであれ体を上手く使えるようになるに越した事はない。
現状、これからの鍛錬は力の使い方と体の動かし方に絞るようだ。
逆に言えばそうするしかないのだけれど。
その日1日でクタクタになって帰宅した彼女達は、風呂と食事を済ませると早々に眠りについた。
特に何もしていなかったルナと、いつも通り学校に行っていたリーリアはつまらなさそうではあるけど仕方ない。
シアとルナがこの街に来て未だ10日にも満たない僅かな期間。
たったそれだけで、彼女は沢山のものを得て、沢山の経験をして、確実に成長している。
それは【彼】としてではなく、全て含めてのシアという子供としてだ。
このままゆっくりとでも、成長して変化していく事が、シアにとって今一番必要で大事な事なのかもしれない。




