第90話 新しい日常 1 頑張れ少女達
ギルド『赤竜の牙』の中にある広い鍛錬場は異様な雰囲気に包まれていた。
まず団長とフェリクスとダリルという、トップ3が揃っている。
そんな彼らが鍛えているのは、まだ新人を脱却した頃のリリーナと、たった半年しか経っていないセシリアだ。
しかもなにやら小さな子供と精霊まで居る。
セシルは一応、それなりに評価されているのでここに居るのはおかしくは見えないのだが、他が目立つ所為で気にされていないというのが正直な所。
基本的に皆で鍛え合うという風潮の中で、彼ら程の実力者が揃って直接鍛えているのは珍しい……というか初だろう。
一体何事だと周囲は好奇の目で――むしろ奇異の目で眺めている。
まぁ殆どシアとルナが居るのが原因だろうけれど。
しかし鍛練をしているというのは分かるのだが、如何せん大人が虐めているようにしか見えなかった。
と言うのも、その少女達なのだが……今は砂と汗に塗れ、みっともなく大の字に倒れ空を仰ぎ、荒い呼吸を繰り返している。
言われていた通り相当厳しくされたようだ。
一方セシルは彼女達と違って、倒れ込みはしないものの座り込んでいてやはりつらそうではある。
なのに大人達は平然と立って余裕の表情だ。
ちなみにシアはうつ伏せで両手を投げ出してピクリとも動かない。
死んでいるんじゃなかろうか。
ルナはそんな彼女の横に座って指でつついて悪戯している。
心配している様子ではないので、多分大丈夫なのだろう。
どうやら無事(?)に鍛錬に参加させて貰えたらしいシアだが、当然戦えるはずもなかった。
力の使い方も学んでいくけれど、まずは体の改善と成長……それに伴い現状の体力の確認という事で1人走らされていた。
そして治癒魔法を控えめにするという話も聞いた。
理由が理由なだけにあっさり納得して受け入れたものの、結果はこれだ。
姉達が全力で戦闘して動けなくなるまでの時間程度は走れたわけだが、逆にたったその程度の体力しかない事の証明でもある。
慣れ切った治癒魔法が無いだけで全く動けないあたり、道程は長そうだ。
「ま、こんなもんだな」
団長は大斧を担いで、転がる彼女達を見渡してニヤリとしながら言った。
体の大きな彼が担いでも尚、かなり大きく見える斧。
練度が明らかに違う身体強化を使ってそれを振り回し、炎の魔法を合わせて使う彼は団長という名に恥じない頼もしさだ。
「魔法の使い方、武器の使い方、体の使い方。それらを纏めて考えて扱う頭と体力。1つ1つなら出来るなんて……残念ながら鍛錬していたら当たり前の話だ」
大剣を地面に突き刺し、寄りかかるようにしたフェリクスも続いて厳しめの発言。
だが彼の言う事は正しい。魔法だけ使えても、武器だけ使えても、それだけでは生き続けられない。
出来る限り多くの状況に対応出来るように、必要な時に必要なだけ動けるように。
それらを判断出来る頭と、実行出来る技術と体力が要る。
魔法に限らず、武器の扱いにも当然向き不向きがある。しかし苦手だからと言って使わない選択肢は無いのだ。
「その辺りの事は良く分かってるだろう?」
ダリルはリリーナを見ながら言う。
まさにその通りで、彼女の課題はそこにあった。
立ち止まって時間を掛けての魔法だけならかなりのもの。
しかし実戦で動きながら周囲を見ながら、武器を振るいながらでは――それが全く発揮出来ない。
前衛後衛の役割は有れど、武器を持って動いて戦えなければその内死ぬだろう。
ゲームや試合ではないのだから、後ろに控えるだけの者など必要無いのだ。
この間の討伐戦のように人が多ければ別だが、それを基準に考えるべきではない。
「要は……技術を鍛えるのは勿論だが、全部纏めて扱えるようになれって事だ。それが出来るようになるには、こうして実戦形式で経験を積むしかない」
碌に説明も無いまま全力で戦わされていたが、ようやく団長からどういう鍛錬をしていくのかという話が聞けた。
セシリアもリリーナも、当然セシルもそれは分かっている。
しかしこうして、そこらの魔物や亜人とは比べ物にならない強さの団長達と本気で戦って、しっかりと実感出来た。
「全部を上手くやらなきゃ実戦じゃなんにもならんからな。技術の方は各々で鍛錬をしてもらって……俺達とこうして全力で戦っていけばどんどん伸びるだろうさ」
先程は厳しめに言ったフェリクスだが、今度は軽い口調で励ますように希望を語った。
セシルは別としてまだまだ未熟な彼女達は、仕事では大人に保護され、対応出来そうな敵としか戦っていない。
故に、全身全霊での戦闘など経験が無い。
だからこそ繰り返せば確実に強くなるのは間違いない。
普段の鍛錬ではこんな全力など無理だ。
いくら未熟と言っても危険である。
だがしかし、彼らにはそんな事はお構い無しな実力差がある。
少なくとも彼らに無理が見えるようになるまでは続くだろう。




