第88話 復活と前進 3 大きな気持ちと小さな1歩
「良かった、本当に元気になったんだ」
「あ、セシリア……」
2人の話が聞こえていたのか、彼女達をセシリアが迎えた。
あの惨状を見られた上に始末まで任せてしまったので、シアはまた顔を赤くしている。
「こっちも綺麗になったから、もう大丈夫だよ」
「あんまり気にし過ぎないようにね」
「リリーナも……2人共ありがと」
とりあえずベッドの方は綺麗にして戻したという事を伝え、横からリリーナも慰めの言葉をかける。
恥ずかしいけれど、俯きながら小声でお礼を言った。
「これからはちゃんとトイレ行くんだよ?」
多少仕方のない事でもあった気がするが、それでも歳を考えたら言う事は言わなければ……と、セシリアがおどけながら怒ったフリをする。
「ぅ、はい……」
冗談めかしてはいるけれど、しっかり言い聞かせるように言われたので反省して聞き入れているらしい。
「さて、ごめんだけど……のんびりはしていられないんだよね。もう行かなくちゃ」
「もう仕事?」
自分まで小言を言う事ではないと思ったリリーナは、これで話を終えて家を出なければならないと伝える。
仕事にしてはいつもより少し早い時間だと気付いたルナが訊ねた。
「仕事ではないかな。さっそく鍛えてくれるって言うから、遅れちゃマズイんだ」
「えっ、じゃあ私も!」
昨日1日で団長達がどうにか上手く調整してくれたおかげで、すぐにでも鍛錬を始められるようになった。
そこまでして貰っておいて遅刻など申し訳なさ過ぎるし、やる気もあるのでさっさと向かうつもりなのだ。
シアも順調に回復していた事もあり、心配もなかったのだろう。
それを聞いたシアは自分も一緒に行きたい、鍛錬したいと勢いよく言い出した。
「シアも? うーん、元気そうだしいいとは思うけど……まぁとりあえず行って考えればいいか」
彼女がそう言い出すのは予想外……ではなかったけれど、さっきまで寝込んでいたのだから連れて行くのは悩んでしまう。
しかし行ってからまた団長達と話して決めればいいか、とリリーナは後回しにして受け入れた。
「ちょっと待ってて!」
どうやら一緒に行っても大丈夫だと分かったシアは、慌てて部屋に戻って準備を始めた。
せっかく着替えたが、動きやすい服にまた替えるのだろう。
「元気だなぁ……」
セシリアは改めて回復し元気になっている様子を見て、しみじみと安心したように微笑んで見送った。
「あいつなりに色々考えてるみたいだしね」
そんなシアを見ながらルナは2人に伝えるように呟いた。
彼女が強い決意を持った事はルナにだって分かっているし、当然それは応援して支えてあげたいと思っている。
その言葉を聞いた2人は顔を見合わせて頷きあった。
「姉さん、そういう訳でシアも連れていくけど……いいよね?」
シアは慌てていて気付いていなかったが、実はずっとリビングに居たリアーネに確認をする。
だが話は聞こえていて、答えは既に決まっているのか準備を始めていた。
準備と言ってもシアのご飯だ。
流石に今からゆっくり食べている時間は無いので、食べながら行けるようにパンに肉や野菜を挟んでいっている。
どうやらおねしょの件は触れない方向で行くらしい。
「勿論。元気になってくれた以上、わざわざ止めたりはしないよ。ただし無理だけは絶対にさせないように」
それでも念押しした。1度倒れているのだから当然だ。
恐らく本音は彼女も一緒に行きたいのだろうけれど……戦う側ではないのだから意味が無いし、彼女には彼女のやるべき事がある。
「それこそ勿論。そもそも病み上がりだしね……本人がどれだけやる気あってもちゃんと止めるよ」
当たり前の事だと返すリリーナだが、鍛錬中にシアの事まで気を配る余裕があるかは分からない。
ただでさえ厳しく鍛えると言われているのだが、それでも彼女を見ていなければという責任感はある。
「これは最初から気が抜けないね。シアちゃんが見てたらへばってらんないや」
「それもそれで良いかな」
元より気を抜くつもりなど全く無いが、シアが見ているならやはり一層気合が入るというもの。
それもあって2人は笑い合っている。
「お待たせ!」
そこへシアが駆け寄ってくる。
上着を羽織ってはいるが、短パンで動きやすそうな恰好だ。
普段お出かけする時は基本ワンピースだった彼女からすれば珍しい服装だ。
こっちもこっちでやる気充分らしい。
「ほら、ご飯も食べないで行く気? 歩きながらでも良いから、ちゃんと栄養は取りなさい」
「ん、ありがと」
そのまま内履きから外用の靴へ履き替えようとするシアに、リアーネが先ほど用意したパンが乗った皿を持ってきて声を掛ける。
食べ歩きなど行儀が悪い……という事も無い。お礼を言うと1つを口に咥えて靴を履く。
「今から出れば、ゆっくり食べながら歩いても間に合うからね」
食べながらなら急ぐ必要は無い、とセシリアは若干慌てているシアに伝える。
元気とは言え病み上がりの彼女を連れて急いで歩く事などしないが、まだ時間は大丈夫だ。
「じゃあ姉さん、行ってくるね」
「ああ、行ってらっしゃい」
リリーナも姉へ挨拶して家を出て、ドアを開けたまま待ってくれている。
「ひっへひあふ」
「咥えながら喋らない」
靴を履き替えたシアは立ち上がり、同じく挨拶するが喋れていない。
すかさず隣のセシリアから注意された。
「あぅ……んぐっ。行ってきます!」
一旦手で持って、口の中の物を飲み込んでから……今度こそしっかりと元気よく挨拶。
「うん、行ってらっしゃい」
それを見送るリアーネは穏やかな笑顔だ。
彼女は未だ悩んではいる。
しかしそれを表に出す事はしないし、誰もそこに触れようともしない。
悩んではいてもしっかりと前を向いて、彼女なりに進もうとしている。
最初から最後まで簡単な話だったのに、気持ちの整理は難しかった。
思い詰め立ち止まってしまったけれど……それでもこうして皆一緒に前を見て、明るく確かな1歩を踏み出したのだった。




