第86話 復活と前進 1 やらかしと後始末
そして更に次の日、朝。
シアは違和感を覚えて、ぼんやりと薄目を開けた。
あまり言いたくないというか、考えたくない箇所に感じるもの……まぁ言ってしまうが股間。
解放感と共になにやら温かいものが広がる感触。
思い至った瞬間、一瞬で冷や汗を吹き出し、今までに無い程に素早く覚醒して勢いよく体を起こした。
そして『それ』を見て一気に青褪める。
もう10歳になる子供としてもショックだし、中身はもう35だ。
赤ん坊や幼児の頃は仕方ないと受け入れてはいたが、流石にもうそんな歳じゃない。
やってしまった事の羞恥と絶望で思考が停止しているらしく呆然と眺めている。
寝てばかりでトイレには1度しか行っていなかったのだ。
そもそも自力で行く気力も無かったから、仕方ないと言えなくもないかもしれない。
ちなみに……
グリフォンに空高く連れ去られた時にも、痛みと恐怖でちょっとだけ漏らしていたが、それには気付いていない。
そんな余裕さえ無かったのだけれど。
何はさておき……勢いよく体を起こしたせいで転がって起こされたルナが、呆然としているシアに気付いた。
今日も隣で寝ていたらしい。
「なんだよもう……急に――」
目を擦りながら起き上がるが、ベッドの惨状に気付いて数秒目を瞬かせた後、跳び上がった。
「うわぁ!? お前っ……ついにやったなぁ!?」
いくらルナでも、隣でおねしょをされては大声で驚いて焦るのも無理はない。
その声でシアも復活したようだ。
というかついにとは……最近やたらと幼児退行しているように見えていたから、やらかしそうだと思っていたのだろうか。
「違っ……! 違くないけど、待って! そんな大声出さないで!」
とりあえずやってしまったのはどうしようもないが、魔法で綺麗にすれば済む話だ。
布団やシーツを洗って水気を取ればそれで解決する。
服ならまだしもこんな大きな物を洗剤も無しには時間がかかるが、他の人に知られずに誤魔化せる。
誤魔化すというか、綺麗に出来たなら問題は無いのだ。
だからわざわざ騒いで家族に気付かれたくなかったから言った言葉だったが、シア自身も焦って大きな声を出してしまった。
「ど、どうしたの!? 急に大声出して――」
「元気そうなのは良かったけど、一体何が――」
案の定気付かれてしまった。
やはり今日も来ていた……のではなく、シアが心配で泊まっていたセシリア。
そしてリリーナが部屋に入って来るなり、事態に気付いて止まった。
シアが順調に回復していたのもあり、今日はこれからギルドへ行く。
仕事ではなく鍛錬で団長に呼び出されているのだ。
昨日1日で団長が必死に調整をしてくれたらしい、お疲れ様だ。
元よりやる気充分で、揃って早めに家を出る予定だったのだが……
せめてあと少し早く出てくれたらどうにかなっただろうに。運が悪かった。
まぁそれでもリアーネが居るので、どちらにしろ気付かれただろうけど。
「あー……やっちゃったかぁ……」
「まぁ、うん。トイレ行ってなかったもんね。仕方ないよ……」
「いやっ……その、これは水でっ……魔法をちょっと、あの……ね?」
気まずいからか、2人は目を逸らしながら呟く。
結局隠す事も出来ずバレてしまった。
しかしシアは誤魔化せる筈も無いのになにやら言い出した。当然無意味だ。
2人もなんて声を掛けてあげれば、と思って黙ってしまった。
しかしいつまでも見ないフリは出来ないし、放置も出来ない。
そもそも家を出ようとしていたのだ。
まだ時間はあるが、昨日覚悟を決めたのに初日から遅刻というのもよろしくない。
そんな温かい惨状へ温かい目をしながら近づいて来る2人に対し、シアは更に慌てたが、もはやどうにもならない。
ルナは逆に隣で冷たい目をしている。
「はいはい……仕方ないんだから気にしないの。ほら、綺麗にして着替えるよー」
「これくらいすぐ終わるから、とりあえず脱いでベッドから降りてね」
「わーっ! 自分で脱ぐから! 自分で綺麗にするから!」
完全に幼児扱いでお世話されかけて必死に抵抗している。
流石にそんな世話をされるのは恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうで、自分でやろうとしているらしい。
「じゃあ着替えてきなさいな。ベッドはこっちでやっとくから」
恥ずかしいお世話をされるのは回避できたが、結局恥ずかしい現場の始末はされてしまうようだ。
「~~っ……ぅあー!」
どっちがより恥ずかしいかと秤に掛けて一瞬悩んだ結果、ベッドはお任せする事にしたらしい。
真っ赤な顔で涙目になりながら、着替えを持ってお風呂へ急いだ。
「……あたしも一応洗ってこよ。隣でくっついてたし……」
すぐ傍でやらかしてくれたので、若干心配になったルナも同じくお風呂へとふよふよ飛んで行った。
シアは山で生活していた頃、自力で動く事も出来ないなんて状況が少なくなかった。
そんな時はそういうお世話もルナがしていたのだが、それとこれとは違うらしい。
まぁ魔法で無理矢理洗い流していただけだが。
それはシアも同じで、過去にそういった経験があったとしても流石におねしょは耐えられない恥ずかしさだった。
「まぁ、元気そうで良かったかな……?」
予想もしていなかった事態だが、予想以上に元気になっているようで安心は出来たらしい。
リリーナは嬉しいやらなんやら、微妙そうな顔でそう言いながらシーツを剥がしていく。
「確かにね。――時間があるわけじゃないし、私がパパっとやっちゃうよ」
「うん、お願い。シーツは私がやるよ」
セシリアは水の魔法が得意なので、布団などの大きな洗濯でもあっという間に出来てしまう。
とはいえ彼女に全て任せるのもちょっと申し訳ないし、分担すればより早い。
そのまま2人で庭へ出て、一応洗剤も使って一気に洗ってから水気を飛ばしていく。
流石は魔法と言ったところか。
ついさっきまでの惨状はあっという間に、綺麗さっぱり消えていた。




