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第80話 急襲 3 遣る瀬無い終幕 

「かはっ!」


 あわや無惨に切り裂かれるかと絶望を見たが、しかし運が良かった。

 転がった所を襲われたからか、シアはグリフォンに対して体が横向きだった。

 そして体が小さな彼女は、大きな爪で切り裂かれる事も貫かれる事もなく、趾でお腹を踏み付けられる形になった。


 それでも衝撃はかなりのもので、一瞬気が遠くなりそうになったもののなんとか耐えたようだ。


「シアーッ!?」


「クソッ…!」


 当然、そんな幸運など考えもしないリリーナとリアーネは酷く焦り、叫びながら再度魔法を放つ。

 小さなシアがあの爪で切り裂かれたなら――想像もしたくない惨状を幻視した。

 セシリアも一瞬呆けたものの、すぐに二人に倣って魔法を放った。


 しかし流石は強大とされるグリフォンか。

 酷く焦った未熟な少女達と、戦闘など全くしない者の魔法では痛手にならない。

 しかも真下のシアを巻き込むまいと、先程よりも難しい状況故にどうしようもない。


「わぁぁあああーっ!?」


 大きな爪でシアを掴み飛び上がる。

 殺すのではなく連れ去る……自分を追いやった敵という最高のご馳走を、何処かに新しく作った巣で頂こうという事らしい。


 踏みつけられた時は辛うじて大丈夫だったが、掴まれれば爪は当然突き刺さる。

 背中に感じる痛みと空へ連れ去られる恐怖で、シアは最早何も考えられなかった。

 情けなくも叫ぶしか出来ない。


 溺愛する者を目の前で襲われ連れ去られるという、大きな精神的ショックを受けた三人だが……取り乱したものの、すぐに持ち直した。

 あの瞬間、殺されなかった事にほんの少しだけ安堵し、絶対に助けると確固たる意志で動いた。力は無くとも意思だけはあるのだ。


 街の外へ行かれる事だけは防がないと……と振り向けば、いつの間にか門も開いて討伐隊が走ってくるところだった。

 念の為に門を閉めたのが仇になってしまって遅れたようだ。


「なっ……クソッ!」


「牽引!! 急げっ!!」


 シアが掴まれていると見て団長が苦悶の声を洩らす。

 フェリクスは慌てつつも大声で牽引具の射出を命じた。


 大きな鎖がシアに当たる可能性もあるが……そうしなければこのまま逃げられて彼女は終わりだ。

 ならばどれだけ危険だろうと、ここで捕らえてしまわなければならない。


 街に入られた時点で恐れていた事だが、連れ去られるシアを見て周囲も動揺と焦燥が広がる。



 と、ここで火球が2つ――飛び去ろうとするグリフォン目掛けて飛んでいく。


 かなりの精度で、掴まれたシアに当たらないよう狙ったそれは、両翼へ正確に当たり爆炎を巻き起こす。

 シアを巻き込まない為に大きさは多少抑えているようだが威力は充分。

 流石にこれにはグリフォンもバランスを崩す。


「シアを……返せぇっ!!」


 ルナだ。

 1人大きく吹き飛ばされてしまってだいぶ遅れた彼女だったが、なんとか間に合った。

 予想外の展開で牽引具の射出は止まってしまったが、ルナがこのまま隙を作ればどうにかなりそうだ。


 叫びながら小さな小さな体を飛ばし、グリフォンと空中戦を繰り広げる。

 奴にとってルナもまた憎き敵であるからだろうか、素直に応戦している。

 むしろ山から追い出したのは実質ルナだ。無視出来ない倒すべき敵として見ているのだろう。


 ルナが大きな炎を巻き上げ、グリフォンが風でかき消し……炎に隠した雷が走り胴体へ直撃する。

 それでもシアを離さない。


「いい加減離せよぉっ!!」


 尚も叫び魔法を叩き込む。

 火の弾を、水の弾を、氷の弾を、石の弾を。飛び回り離れた位置から恐ろしく正確に素早く狙っていく。


 グリフォンも風で迎え撃つが、翼に痛手を受けた状態では随分厳しいようだ。

 明らかに機動力と風の威力が弱まっている。


「クソッ、手が出せないっ……」

「精霊とはこんなにも……」

「せめてあの子さえ助けられれば……」


 討伐隊は空中で繰り広げられる驚異の魔法戦へ参加しようにも、掴まれたシアを巻き込めない上に――多数の属性を使い怒り狂うルナに息を合わせる事も出来ずにいた。


 魔法戦は特に仲間との連携が重要なのだ。

 その連携を1人で出来てしまう、激昂したルナには考えが及ばない事であった。

 使う魔法とタイミングを考えなければ、味方同士で打ち消しあったり予想外の反応をしたりと、お互い邪魔をしてしまう場合がある。


 そもそもグリフォンが若干遠い上に動き回っている為、単純に攻撃する事が難しい。

 街を、人を護るべきハンターの中でも実力があると認められた者達だったが……事ここに至って眺める事しか出来ない状況に多くが唇を噛んだ。

 せめて掴まれた少女さえどうにか救い出せたなら。

 もう少し近づいてくれれば、いくらでも出来る事があるというのに。


 セシリアとリリーナ、リアーネの3人も、どうにかしようにもどうしようもない。

 自分の無力さを心底実感して苦悶の表情だ。

 護りたい大切な人を助ける事も出来ず、力にもなれず、眺めるだけ。

 それが一体どれほどの悔しさか。


「ぼやぼやしてんじゃねぇ! あいつが隙を作ったら叩き込むぞ!!」


「あの子が放り出された時の為に備えろ!!」


 団長とフェリクスが怒号を上げる。

 彼らとて同じ気持ちだ。特に実力のある者達は既にそうして機を窺っていた。

 街と人を護る。その為に戦い続ける彼らは、手が出せずとも状況を見て適切な対応を探す。出来る事を探す。


 氷や石で足場を作り昇っていく。

 いつでも放てるよう魔力を練り上げ、剛弓を構え、牽引具で狙い、シアが落ちた時の為に受け止める準備をする。



 再度いくつもの火球が翼を狙って飛ぶ。

 風で数個かき消されたが、対応しきれなかったようだ。

 翼と胴体に直撃し悲鳴を上げ、飛び回っていた動きが止まった。


 その隙を付いて、討ち取ってやると全力の雷の槍が飛ぶ。

 これが当たれば弱ったグリフォンは終わりだろう。

 それは奴自身も理解したのか、力を振り絞って羽ばたきと共に暴風を下へ吹き付け、急上昇して回避を選んだ。


 隙を付いて獲りにいった全力で高威力の魔法は、流石のルナでも細かい制御は出来ない。

 せめてシアを巻き込まないように意識するのが精一杯だった為、そのまま空へと消えていく。


「くっ、避けられたっ――!?」


 チャンスを逃してしまった事に顔を歪ませ悔しがるルナだったが、直後驚きに染まる。

 グリフォンが大きくよろめきシアを離したのだ。


 奴の頭上には半透明の見慣れた障壁。

 回避の為に全力で急上昇した勢いのまま、先程とは違いかなりの強度を誇る障壁に頭を叩きつけてしまったのだ。


 堪らずグリフォンも落下するが、流石に立て直した。

 しかし既に下からの射程圏内、もう終わりだ。



 最早叫ぶ事もしていなかったシアだが、恐怖を抑え込み……極限の集中をして、ここぞというタイミングで本気で作り出した。

 無理に無理を重ねた負担は大きいが、結果は素晴らしい物だった。

 離された自分がどうなるかを考えていなかった事を除けば……だが。


 かなりの高さから放り出された彼女は数秒と経たず地面に染みを作るだろう。

 しかしそんな事は許さない――必死で戦った親友が、構えていた者達が。


「今だぁあ!!」


 団長の叫び……号令で一斉に動き出す。

 魔法を使ったルナが過去に無い程の速度で飛びシアに抱き着いた。


 いくらなんでもルナのサイズで落下を止める事は出来ない。

 それでも身体強化を使って必死に抱えて飛び、同時に風を巻き上げ速度を抑え、地面に大量の水を作ろうとした。


 爆炎が上がり轟雷が走り、何本もの矢が貫く。そして巨大な水の塊が、落ちるシアとルナを受け止めた。

 最早最期の力を振り絞ったのか、逃げようとしたグリフォンを3本の鎖が絡めとる。


「逃がすかよ! そのまま大人しく……っ!」


 当然抵抗するが、ダリルが先ほどのルナ同様に雷の槍を放ち胴体へ直撃する。

 流石にこれは相当なダメージで、グリフォンの抵抗が止まり完全に力が抜けた。


 こうなればもう落とすだけだ。

 鎖で引き摺り降ろされる奴の上へ、何処からかフェリクスが跳び上がる。


「落ちろォ!!」


 風の魔法、荒れ狂う暴風の塊と共に振り下ろされた大剣により、グリフォンは勢いよく地面に叩きつけられる。


「ォォオオオオッ!!」


 そして地面へと叩きつけられたそこへ団長も跳び、大斧を振り下ろした。

 地面をも割る一撃でグリフォンの首を断ち切る。


 誰が見ても明らかな結末。

 少しだけ物憂げな団長の背後で歓声が上がった。




 制御を解かれ流れる大量の水で、その血も流していく。


 疲労しきった体に無茶を重ねたシアは既に意識が無い。背中も爪にやられて酷い怪我だ。

 出血と雑菌……急いで治療しなければならない。

 それでも魔法でどうにかなる範囲であり、命に別状は無かった事に誰もが喜ぶ。


 隊に居た癒者が全力で治療をする傍ら……今までに無い程怒り全力で戦ったルナもまた、極度の疲労と安心で意識を落とした。


 眠る彼女達を泣きそうな顔で見守る少女達は何を思うのか。




 最初の攻撃で怪我をした者達も既に治療は終わっている。

 流れ弾など巻き込まれた者も居ない。


 しかも幸いと言っていいのか……戦いそのものは結果的に相当スムーズな短期決戦だった。

 戦いによる破損はいくつかあり、壁や地面の修繕等やる事も残っているが、ひとまずは皆安心して一気に気楽な雰囲気へと変わっていった。


 最初から最後まで全くの想定外だった討伐戦はこうして、1人の犠牲者も出す事なく終わった。


 一部の者に最大限の無力感と焦燥を残して――――

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