第72話 戦闘準備 3 子猫とぬいぐるみ
柔らかな日が差す静かな部屋に入ると、奥のソファに眠るシアを見つけた。
ルナを抱いて安らかな寝息を立てている。
「ぐっすりだね」
「ルナまで寝てる」
「2人とも可愛らしい寝顔だ。見ての通り、寝込んだと言ってもつらそうではないから安心しなよ」
そんなシアを見てお姉ちゃん2人は顔を綻ばせている。まるで子猫を眺めているかのようだ。
一度様子を見ていたリアーネには分かっていたが、深刻な状態ではなく問題は無い。
それは彼女達を安心させるには充分だった。
「まぁ、減った魔力はどうしようもないけど、疲労とかはルナが癒していたからね」
魔力は回復するまで待つしかないが、ルナのお陰もあって寝込んだにしてはかなり状態が良い。
そう言うセシルもダリルと共になけなしの治癒魔法を使っていたが、癒したのはルナだとしか言わなかった。
「とりあえず……薄情かもしれないが、俺達はもう行くぞ。気分は切り替えなければ」
「分かった。シアは私達で見ているから、存分に戦ってくるといい」
若干引け目を感じるのか、申し訳なさそうにダリルが言う。
流石に彼のそんな態度の理由くらいは分かっているリアーネも文句は言わない。
「見送りには来てくれないのか」
「お前達を見送るよりシアの方が大事だ」
「酷い……とも言えないか。じゃあ行ってくるよ」
同い年で気安い関係らしいセシルとリアーネは軽口を叩き合う。
しかし、仮に酷く緊張でもしていたのなら励まして見送っていただろう。
彼女は意外と憎まれ口を言う性格らしい。
「はいはい、いってらっしゃい」
セシリアも一応兄には思うところがあるのか、ぶっきらぼうに見送った。
別に誰も心配していない訳ではない。当たり前だがハンターなんて基本的に心配されるものだ。
それでも無事を祈って見送るのが常である。
そうして彼らは、入ってきた時同様静かに部屋を出て行った。
「ん……なんだ、皆来てたんだ」
部屋に入ってからのそんな一連の会話で起きたのか、ルナが目の前の皆に気付いて声を出した。
「あ、ルナ。おはよ」
「おはよ。起こしちゃったかな」
「んにゃ、あたしは別に疲れてたわけじゃないし」
セシリアとリリーナは、起こしてしまったかとちょっとだけ申し訳なさそうだ。
「シアと一緒にお昼寝してただけか」
「まぁそんな感じ……」
リアーネも優しい表情で言う。最早ルナまで子供扱いだ。
ぬいぐるみのように抱かれていたのが恥ずかしいのか、顔を背けてボソッと肯定した。
「シアちゃんは大丈夫そう? 見た感じは全然問題無さそうだけど……」
「多分大丈夫じゃないかな。疲れは相当酷かったけど、休めばなんてことないはず。頑張って癒したし」
普段以上に強く長く治癒魔法を使ったのもあるが、状態が良くなければそもそもルナは寝てはいられないだろう。
それを聞けたセシリアは改めて安心出来たようだ。
「相変わらずなんだね。ルナが居てくれて良かったよ」
以前自分で言っていたように、常日頃からシアの体調を意識して癒しているルナは流石だろう。
そんな彼女にリリーナは感心している。
治癒魔法は適正を持っている人が全体的に見ると少なめだ。
完全に無償で頻繁に癒してくれる人など、それこそ殆ど居ないだろう。
なにせ病院に行き仕事として診てもらうのが普通なのだから。
つまりシアは相当な贅沢をさせてもらっているわけである。




