第69話 答え 3 変わらないモノ
「私だけ、誰とも違う。……私だけ、違う存在」
シアは自分がこの世界の人とは根本的に違う異分子だと改めて理解した。
そしてそのショックもまた大きかった。
「私はこの世界の人とは違う、紛れ込んだだけの……世界の、異物……」
俯き、ブツブツと声を漏らす。
混乱の中で嫌な考えが渦巻く。
自分は一体なんなのか、それが分かっているから。
自分がただ異常で、周りと違う存在だと思い知ってしまった。
飛躍した考えが滲み出てくる。
それはきっと――ずっと、彼女がこの世界に生まれた時からあった心。
前世という記憶、異世界という記憶があるからこそ、彼女自身が無意識に作ってしまっていた、彼女と世界を隔てる壁。
愛されたい、幸せになりたいという望みよりも、もっと深い所にあったモノ。
「私なんかが……」
新しい人生を楽しもうと、居場所も見つけたというのに。
世界の異物である自分が家族なんて、幸せなんて……と、暗く重い感情に沈んでいく。
「シア……違うよ」
その呟きを聞いてしまった。
彼女が何を考えているのか察したルナは、シアの正面に回り……細く小さな首元へ抱き着く。
そして顔と顔が触れるほどの距離で優しく声をかけた。
「ね、シアはシアだよ。確かに、この世界からすればちょっと違うんだろうけど……今ここに居るシアは、今までと何も変わらない、あたしの親友でしょ」
どんな言葉をかければいいのか分からない。
けれど黙っていられるわけが無かった。そんな浅い関係ではないのだ。
「違う世界だとか、前世がどうとか……そういうのも全部含めてのシアでしょ。自分を異物だなんて言わないで。世界の除け者だなんて思わないで。むしろ超特別な凄い女の子じゃん、誇りなよっ……」
今シアの手を取って引き上げなければ、きっととても深い暗闇に落ちてしまう。
遠くへ行ってしまう。大きな壁が出来てしまう。
そんな予感がした。だから思いつくままに言葉を重ねていく。
「ルナ……」
暗い感情の渦に飲み込まれかけたシアは、そんなルナの声で立ち止まれた。
必死な親友の言葉で。
「あたしは別に頭良くないし、良い言葉なんて思いつかないけどさ。友達だもん。一緒に遊んで、一緒に楽しんで、一緒に幸せを見つけるのに……それ以外に条件なんて無いよ。シアがシアだからあたしは親友になったの。だから一緒に居るのっ」
どうにかしなくちゃ、なにか言わなきゃ……と、ルナまで酷く混乱してしまう。
自分が何を言っているのかも分からないまま、心のままに伝える。
だからこそ、そんなルナの気持ちはしっかりとシアへ届いていた。
「普通じゃないから何さっ。違うとか同じとか、そんなの考えないでいいんだよ。ここに居るんだから同じでいいんだよっ……」
「……うん」
珍しく、もはや涙目になりながらめちゃくちゃに言い切ったルナに、シアはただ返事を返し抱きしめた。
小さなシアよりずっと小さなルナだけど、何よりも大きな存在だ。
「ありがと……」
シアが絞り出した言葉は感謝だった。
何に対してかなんて語るまでもない。
いつも、何度でも救ってくれるルナへの気持ちは言葉にするのは難しい。
だけどそれで伝わってくれる。
今度は泣かなかった。
「やっぱり馬鹿だ……」
「知ってる……」
2人微笑む。眩しく笑いあう。
つい数日前にも同じような事をした。馬鹿で余計な事を考えていた。
内容も原因も違えど……あの時学んだ筈なのにまた繰り返した。
諭されたらすぐ分かるのに。あっさり解決するのに。
そんな事でしかないのに、どうしても気にし過ぎてしまう。
何が心は大人だと言うのか。学ばない子供そのものではないか。
そんな自分を戒める言葉を胸に刻む。
だけど今度こそ、もう大丈夫。
子供なら子供らしく、少しずつでも学んで成長していけばいいだけだ。
「寝よ。疲れたでしょ?」
「うん……疲れた」
「寝て起きたって、変わらずに居るから……安心しなよ」
「うん……」
ごちゃごちゃで纏まらない心だったのに、つられて同じくめちゃくちゃになった心で救われた。
あっちもこっちも、どっちもぐるぐるでぐちゃぐちゃで……だけど2人の心はきっと1つになれた。
ルナを抱いたまま、シアはソファに寝転ぶ。
お互い温かいのだろう、揃って柔らかい表情だ。
やっぱりルナは『月』だ。いつもずっと傍に居る。
時々ふらっと何処かに行くけど……いつも居てくれる。優しく隣で照らしてくれる。
きっと起きたときも傍に居てくれる。きっと心が傍にある。
自分が違う存在だとか、違う世界だとか、そんなことはどうでも良いことだった。
全部含めて自分で――今ここにいる自分を受け入れよう。
傍にいる彼女が受け入れてくれているのだから。
それだけで良かった。それだけで救われた。
あとは一緒に、いつもの居場所で幸せに暮らすだけ。
その居場所だって……自分が違う存在だとか、違う世界だとか、そんなの関係ないモノなんだ。
そんな事を思いながら、眠る彼女は安らかだった。




