第39話 襲来 2 職場に来る幼女、迎えるおっさん
前回に続き、最後に簡素な地図を置きます。
現在物語の舞台になっている国『ラスタリア』の大まかな地図になります。
色が入ると一気に複雑になるので白黒です。
地形も殆ど省略していますが、点線は地続きでの国境、丸は街の位置になります。
あくまでイメージなので、丸の大きさがそのまま街の大きさでは無いです。
緑色は主人公の故郷で、山を越え赤色の現在地へ……という流れです。
「ん~っ」
勉強していたシアが伸びをする。
一通り軽く学んで、お勉強はもう終わりらしい。
というか飽きたのだろう。
好奇心というか興味のある事には一直線ではあるが、深く細かく知識を得るという事はまた別らしい。
「終わりか? もう理解出来たのか、なかなか頭が良いじゃないか」
「うん、まぁ地図くらいはね」
だいぶ砕けた様子だが、これは幼い見た目のシアに敬語を使われたのが嫌だった団長がそうさせた。
シアからすれば目上の人、且つ明確に団長という偉い立場に居て、自分を保護してくれた恩人である。
なので当たり前のように敬語で話していたのだが……
団長からすれば遠慮せず甘えろと言ったのに気を遣っているように感じてしまったのかもしれない。
「地図見て分かっただろう。自分がどう動いて来たのか、どれだけ凄い事だったのかがな」
「ん。なんで山を西に進んだんだろう。というか方角なんて気にした事無かったかも……」
シアの故郷、フィーニスのアルピナという街は、このランブレットから東のアドラー山脈を挟んだ位置にある。
あの日――気を失っていたシアは、アルピナから北へ峠を越えて街を目指していた。
しかし再度襲われて山に逃げ延びた後、そのままルナと生活を始めた。
当初シアはかなり弱って危険な状態だった為、ルナは安全そうな洞穴に引き籠った。
つまり、街を出る前からずっと意識が無かったシアからすれば、目を覚ました場所が一体全体、何処なのかさっぱり分からなかった。
そしてルナはそもそも地理など考えてすらいなかった。
現在地さえ分からないのにそのまま山で生活を始めたのだから、何処に向かってしまうかさえ分からないのも無理はない。
それでも方角さえ気にしないでいた事から2人がどれだけいい加減か分かる。
「そんなんで無事に保護されたってんだから、相当運が良いぞ」
分かり切った事だが、実際はルナが居たからどうにか無事でいられただけだ。
彼女が居なかったら数日と持たなかった……いや、そもそも助かってすらいない。
「えへへ……でもお陰で皆に会えたもんね」
ルナと共に家族を得て幸せを感じられる居場所を見つけた事は、本人も心の底から喜んでいる。
こんな事を嬉しそうに言うシアは、周りからすればそれはもう可愛いものだろう。
「そうか。最初は遠慮しがちだったが……この数日で随分打ち解けてくれてこっちも嬉しいぞ」
聞いた団長もやはり嬉しそうに笑う。
予想以上に彼女は周りに心を開いてくれている。今を受け入れて喜んでいる事を理解した。
ボロボロで保護した少女がそうして笑顔を見せてくれるのは、嬉しい以外に言葉は無い。
「うん。セシリアもリリーナもお姉ちゃんみたいな感じだし、リアーネさんも優しいお姉さんだし、リーリアも楽しい友達だし。たった数日だけど幸せって思えるから」
家族の事を順番に語る。
きっとこれを彼女達が聞いたら大層喜ぶことだろう。
そんなシアの頭を大きな手で撫でる団長も同じだ。
わしゃわしゃと撫でた後に改めて聞く。
「しかし、家に誰も居ないからってわざわざここに来なくたって、他に遊ぶ場所はあるだろう。精霊だって居るのに」
確かに遊ぶ場所は多いが、知り合いが居る可能性が高いギルドに来た。
この数日、皆と一緒に街を歩き案内してもらっていたが、ルナと2人で遊びに出かけるにはまだ街に不慣れだ。
というか、シアが不慣れな街で寂しがっている事を理解してギルドへ誘導したのはルナである。
そんなルナは団長室で寛いでいたが、悪戯っ子な顔でわざとその事を告げる。
「シアは寂しいんだってさ。知り合いが居るかもしれないここが良いと思ったんだよ」
「なんだ、理由も言わずに遊びに来たなんて言ってたが……寂しかったのか。まぁ今日は誰も居ないってのは事前に聞いていたが」
寂しがっていると言われ顔を赤くしているシアを見ながら団長が言う。
事前に聞いていた彼からすれば、ルナと居るのだから半日程度は問題無いと考えていたのだ。
それはシア本人も体感するまで思ってもいなかっただろう。
幸せに満ちていた数日を経て、自分達しか居ない家がまるで空っぽのように感じてしまった。
「今日から仕事するって言ってたし、帰ってくるの遅くなるから……リーリアが帰る頃まで居たい」
セシリアとリリーナは昨日まで特別に休み続けていたが……流石に急に何日も休むというのは迷惑を掛けてしまう。
なので今日から普段通りに仕事へ行く事になった。
シアとしては魔物と戦う事が心配で仕方ないが、仕事なのだからそれこそ仕方ない事。
とは言え彼女の抱える過去からして、心配するなという方が無理な話である。
大切な人も友人も知り合いも失ったどころか、住んでいた街さえも魔物によって壊滅したのだ。
それらを目の前で見て経験しているシアにとって、魔物と戦う家族というのは不安でしかない。
セシリアもリリーナも団長達も皆、それは理解してはいるものの、こればかりはどうしようもない。
「息子も学校行ってるからなぁ……遊び相手になれんし。ま、他の奴らの邪魔にならなければ全然構わないさ」
面識は無いが、団長の息子もまた学校へ行っている。
シアとしては未だ直感的に『同性』と思える男友達は気が楽なのだが……果たしてどうなるやら。
そんな意識で絡んでくる少女など、年頃の男子が相手をするには難しいということにはまだ思い至っていないらしい。
自分がそういう目で見られるという自覚が無いだけだが、致命的だ。
団長としては単純に息子と友人になれれば良いとしか考えていない。
なんならギルドの連中も悪い奴は居ないし、ここに来る事も問題と言う程ではないと思っている。
しかし来るのは良くとも、流石に仕事場で好きにさせてやるわけにもいかない。
他の人の邪魔にだけはならないように見てやるのが大人の責任だろう。




