第35話 幸せ 2 祈りの中で夢を見る
「あたしも! 細かい事はよくわかんないけど……シアちゃんと友達になって、いっぱい遊んで勉強して、それで……えっと……」
置いてけぼりになっていたリーリアも、上手く言葉に出来ないながら語る。
さっきまでの話は彼女には少し難しかったかもしれない。
まだ幼い少女にはどうにも言葉に出来なかったが、それでも口を開いた。
「うん、そうしてやってくれ」
リアーネも賛成する。
そういった事は彼女には難しいしリーリアが適任だ。
「私も出来るだけシアちゃんと居るようにするつもり。だからちょくちょくここに遊びに来るよ」
「まぁそれはいいけど……毎日の間違いでしょ。どうせそうなる前提で考えてたし」
「なら着替えとかある程度置いておくといい」
「セシリアさんともいっぱい遊べるね!」
セシリアはシアと会う為に毎日のようにこの家に来るだろう。
そしてそれは親友には筒抜けだった。
実はちゃっかり、セシリアがいつでも泊まれるように布団なども用意していたりするが……それは伝えていないらしい。
リアーネもリーリアも歓迎している。
今までは基本的にリリーナとしか関わっていなかったが、今回の事を機に姉妹と仲が良くなっている。
シアのお陰とも言えるかもしれない。
「あはは……ありがとうございます。一応食費とか、ある程度はお金出しますんで……」
読まれていて尚迎えてくれている気まずさか、苦笑い。
お世話になるならせめて……と、一応自分で稼いでいる立場でもあるからかお金は出すつもりらしい。
「助かるけど無理はしなくていいよ。ウチはそれなりに余裕あるしさ」
「そうだな。私も仕事を少し減らすつもりだけど、それでもお金に困る程にはならないだろう」
対してリリーナとリアーネはそこまでしてもらわなくても大丈夫だと返す。
正直助かるけれど、彼女は働きだしたばかりだ。
それに彼女の家はハンター3人で稼いでいるが特別裕福ではない。
一家揃って、意外とお金を使ってしまう性格らしい。
逆にリアーネとリリーナは揃って倹約的だったのもあって余裕がある。
しかも中央――所謂首都で働く両親が度々仕送りをしてくれているのだ。
シアは勘違いしているが、別に複雑な理由など無いし逝去もしていない。
説明していないのも悪いと言えば悪いのだが。
そういった理由から、リアーネが仕事を減らしてもなんら問題は無い。
ついでに言うと、大人達で話し合った時にお金に関してもしっかりやり取りされているのだ。
「ほんとありがとうございます」
その好意にありがたく甘えさせてもらう恥ずかしさか、申し訳なさか。
少し顔を赤くしてお礼を言う。
「話が纏まったならシアを寝かせてやろうよ。あたしじゃ丁寧に運ぶのは無理だから、運んであげて」
とりあえず会話もキリが良さそうだったのでルナが口を挟む。
いい加減シアをベッドに運んであげてほしい。
すぴすぴと安らかに眠ってはいるが、ずっとセシリアに寄りかかって座った状態だ。
「うん、そうだね。ほら、シアちゃん……ベッド行くよ」
流石にそれには賛成らしく、セシリアはそのままシアを抱きながら立ち上がる。
「んぅ……」
所謂お姫様抱っこの状態に抱き上げられて、シアが小さな声を漏らしながらセシリアの服の胸元を、きゅっと握る。
これで中身が大人の男とか言ってるのは滑稽というものだ。
本人的には切実な問題らしいが、傍から見ればただの幼女だ。
そしてそれすら自覚してわざと振舞う事があるのもまた小賢しい。
「1人で平気?」
身体強化をすれば全く問題は無いのだが、つい聞いてしまう。
私も抱きたいなんて思っているのかもしれない。
「全然。軽いなぁ……シアちゃん」
それに対してセシリアは、シアの小ささと軽さに改めて驚く。
「そのうち重くなるさ」
「なってくれるように沢山食べてほしいけど、小食みたいだし時間はかかるかもね」
子供の成長というのはあっという間だと、年長者のリアーネが返す。
子など持った事は無いし、そんな歳でも無いが流石に妹達で見て知っている。
問題はシアがやたら小食という所だろう。
頑張って食べてはいたが、それでもリーリアよりずっと少なかった。
「なんか結局あんまり育たないような気がしてるんだよなぁ……あたし」
シアの性格からルナは予想する。
本人には体を改善するつもりがあるらしいが、なんだかんだで他に意識を持っていってしまうだろう……と。
「そう? 体が弱いって言うけど元気だし、大丈夫そうだけどなぁ」
見ていた感じから、シアはかなり元気な子だと分かる。
体が弱くとも、元気があるなら充分改善されると思うのだが……
「こいつの貧弱さは甘く見ない方がいいぞ」
シアの貧弱さと言ったら筋金入りだ。散々お世話してきたルナはよく知っている。
「そうか……なら医薬品も揃えておこうか」
「ある程度はあたしが治癒魔法でなんとか出来るけどね、病気になったら無理だからお願いしたいな」
「あぁ、ルナならそれなりの治癒魔法があるのか。羨ましいな」
「殆ど毎日、シアが寝てる間に癒してあげてるんだ。――このままあたしも寝るよ」
治癒魔法だって誰でも扱えるが、やはり適正が無ければ効果は薄い。精霊の特権だろう。
しかしルナが魔法で毎日のように癒しても、すぐに体調を崩すし寝込んでしまう。
野生的な生活の中で異常な鍛錬を続けていた所為だが、それすらもシアが望んだ事だった。
目的の為なら自分の体も顧みないのがシアの性格であり、そうした結果体はより弱くなってしまっている。
ただし、もう1つだけ理由があるのだが……今は語るまい。
とにかくそれでもなんとかなってきたのは、偏にルナの魔法のお陰である。
ルナの優秀さと直向きさがよく分かるというものだ。
「そっか。ほんとにシアちゃんが大切なんだね」
「ん……あー、そういえばあたしは言ってなかったな」
そんなルナを見て、やはり相当な想いを持っていることを悟る。
面と向かって言われたルナは少し顔を赤くしてそっぽを向く。
もはやルナがシアを大切に想っていることなど皆が知っているわけだが、それでも恥ずかしいらしい。
しかしすぐに何か思い出したのか、赤い顔のまま向き直る。
「何が?」
先程と同じようにリリーナが促すように聞くが、今度はよく分からない。
「その、ありがとう。あたしとシアを迎えてくれて。――これからよろしくね」
ルナが伝えたのは感謝。
シアと共に家族のように迎え入れてくれた皆への感謝と、これから生活していく事への気持ち。
「ふふっ、特別な事なんて何もしてないよ。当たり前の事だもん。こちらこそよろしく!」
「そうね。普通に迎えて普通に暮らすだけ。ただそれが出来る環境があっただけ。ルナも遠慮なんてしなくていいからね」
「精霊と暮らすなんて面白いじゃないか。私としては歓迎しかないな」
「あたしも! あんまり難しいことは分からないけど、友達が増えるんだって思ったら楽しいって分かるもん」
対しセシリアとエルフ一家は揃って歓迎。
特別でもなんでもなく、当たり前の事だとはっきり言えてしまうことがどれだけ素晴らしい事なのか。
それをなんてことも無いように言えるのがセシリアという優しい少女だ。
そしてそれはリリーナも同じ。
あくまで迎え入れられる環境があっただけなのは確かだが、それでも当然の事のように言える人は多くは無いかもしれない。
リアーネもリーリアも、なんら問題に感じておらず……むしろ喜んでいる。
そんな人達が揃っているなんて、一体どれほどの幸運か。
「ほんと、あったかいなぁ……ありがと、おやすみ」
ベッドに運ばれたシアの上に乗り、俯いて……少しだけ声を震わせて言う。
シアが絆されるわけだ。
ルナもまた、彼女達と居る事を幸せと感じる。
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ。――あんたはさっさと帰んなさい」
「う、うん……」
やはりと言うべきか。返す言葉は笑顔と共に。
ついでのように追い出されるセシリアは、まるで照れを誤魔化す為に使われたようだ。
「ははっ。一応夜も遅いし、私はセシリアを送ってやるとするか。ルナ、シア、おやすみ」
新米とは言えハンターだし危険な街でもないが、それでも少女1人で夜遅くに歩かせるのもばつが悪いらしい。
それはきっと、大人であろうとするリアーネだからこそという面もあるのだろう。
「おやすみなさーい」
シアが寝ているからか大声ではないが、リーリアも元気よく言って部屋を出る。
子供なのにシアと違ってまだまだ眠くなさそうだ。
そうして皆が部屋を出て、明かりを消し暗くなった中。
ベッドで眠るシアの隣にもぞもぞと入っていくルナ。
布団の中で治癒魔法を使い、疲れを癒してあげる。いつものように。
「これがシアの求めてた幸せでしょ。あたしも一緒に、ただ一緒に居るだけで……」
眠るシアに届かないと分かっていても――いや、届かないからこそ、普段なら照れくさくて伝えられない事。
「シアに自覚なんて無くても……こんな居場所を探してたんだ。あたしじゃ絶対に与えてやれないモノ。でも……あたしも一緒に居られるモノ」
独り言のように呟きながら、シアの胸元に頭を押し付ける。
届かないからこそ言える……だけど想いよ届けと言わんばかりに。
「思いつきだったのに……だからこそか。これからもきっと……ずっと楽しいよ――シア」
全てはただの思いつきだった。
シアを救った事だって、共に居る事だって。そして山を降りた事だって。
こんな居場所を求めていたからこそ、こうしてベッドで一緒に眠っているのだろう。
それはきっと、シアの願いでもあって――ルナの願いでもあった。
安らかな寝顔の少女の懐に抱き着くように、小さな少女が嬉しそうに眠る。
ほんのりと光る精霊だが、意識すれば抑えることもできる。
傍で眠る親友が少しでも眩しく感じないように。
「私は隣に居るからね。いつも……いつまでも、幸せな夢が見られるように、祈ってるよ」
これからも毎日が楽しくあるように、温かいベッドの中で。
幸せの祈りの中で眠る少女達は――きっと尊いものだっただろう。




